寺院

観智院  客殿に描かれた武蔵の水墨画 翼あるもの

東寺の子院を代表する存在で、教学研究で優秀な学僧を多く輩出した観智院は、延文4(1359)年に後宇多天皇によって創建されました。徳川家康によって真言一宗の勧学院と定められ、国宝の客殿は、慶長10(1605)年に、北政所(ねね)の寄進によっ…

寂光院  大原の里と建礼門院 貴女の笑顔が見たいから

聖徳太子が、父・用明天皇の菩提を弔うために、自ら造った地蔵菩薩像を安置して開創したと伝わる寂光院は、洛中から十数キロ離れた、緑深い大原の里にたたずんでいます。大原には太子が創った寺院が数多く有り、実光院の地蔵菩薩や、通称蛇寺の阿弥陀如来も…

宝厳院  漱石が心癒された獅子吼の庭 「京に着ける夕」

朱色に燃える楓に包まれた獅子吼の庭。寛正2(1461)年に創建された宝厳院は、嵐山・天龍寺の塔頭寺院です。江戸時代に京都の名所名園を収録した「都林泉名勝図会」にも紹介されている(獅子吼の庭)は、嵐山の借景を取り入れた、京都でも有数の紅葉の…

大徳寺  たやすくひるまない臨済禅の拠点

臨済宗大徳寺派の大本山である名刹・大徳寺は、戦国武将たちが創建した数多くの塔頭を持ちます。花園上皇や後醍醐天皇の手厚い援助を受けていた大徳寺は、反体制側の足利将軍家が天下をとる時代になると、理不尽な扱いを受けるようになりました。「官の寺」…

永観堂 みかえり阿弥陀 人はみな弱虫を背負っている

1000年前から、山寺特有の雄大な紅葉が名高い永観堂は、正しくは禅林寺という浄土宗西山禅林寺派の総本山です。寺域の楓は3千本を超えていて、季節になると境内が真紅の色で染めつくされます。そして、東山の山腹にそびえる永観堂の特徴として、山の側…

退蔵院  元信の庭  天才絵師の家系

退蔵院は、妙心寺の塔頭(本寺の境内にある小寺)で、創建1404年という古い歴史を持ちます。花園上皇が創った本寺の妙心寺は足利義満に圧迫されて、寺名を竜雲寺と変えられていたほど苦境にありました。 ですが、第三世の宗因禅師(そういんぜんし)の高徳…

妙喜庵待庵  利休の最高傑作 草庵茶室

主君・織田信長の仇うちのために、明智光秀を合戦で滅ぼした豊臣秀吉は、乱世を制して天下布武を実現しました。その舞台となる天王山を抱くここ山崎の地に、古刹・妙喜庵(みょうきあん)はたたずんでいます。 この山崎の合戦後、秀吉は1年ほど山崎に滞在し…

毘沙門堂    円山応挙の遊鯉と山もみじの名刹

天台宗五門跡という高い寺格を持つ毘沙門堂は、京都駅から一駅、山科駅北側の山あいにたたずむ風情のある山寺です。秋になるとこの辺り一帯が紅葉し、洛中とはまた違った雄大な風景が見られます。 そして、毘沙門堂では円山応挙の杉板絵の衝立(ついたて)を…

清凉寺  嵯峨釈迦堂  もしも想夫恋が聴けるなら

寛平6(894)年に遣唐使が停止されてから約1世紀後、東大寺の僧である奝然(ちょうねん)が、密教を研究するために中国(宋)主要部へ向かいます。それは、古代日本人の最大の旅行記といわれ、その期間は約20ヶ月におよびました。 有名なインド伝来の…

方広寺    ほんの一瞬だけ輝いた 黄金の大仏

慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は日本の支配権を手に入れます。秀頼の代になっていた豊臣家は、わずか60万石の大坂の一大名に転落しました。用心深い家康は関ヶ原に勝利しても安心出来ず、しおれた花に足を踏んづけるように、無理…

六波羅蜜寺  市の聖  そんなあなたになりたくて

平安時代の半ば、京の町に流行していた疫病に立ち向かう一人の聖(ひじり)がいました。その人は、空也(くうや)。自ら刻んだ十一面観音像を車に乗せ洛中を引き回し、念仏を唱えて病魔を鎮めます。 この時、野生の茶を霊水で煎じて、小梅干しと結び昆布を入…

高桐院  スピルバーグが絶賛した竹林に囲まれた名刹

高桐院は、竹林に囲まれた、大徳寺の塔頭寺院です。苔の庭の中に、書院に続く歩いて1分ほどの小径があります。これが、スピルバーグが立ち止まり感激し絶賛したといわれる、有名な高桐院のアプローチです。 そして、静寂に包まれた本堂の前庭は、敷き詰めら…

光悦寺    洛北 鷹ヶ峰に築かれた芸術の里

光悦寺は、左大文字山の北に位置する鷹ヶ峰にあります。光悦とは本阿弥光悦のことですが、彼は、茶道、書、陶芸、彫刻、漆絵とオールラウンドに才能を発揮する文化人でした。1615年、徳川家康から、この鷹ヶ峰の地を与えられ、芸術家や工芸職人を集めて…

地蔵院    竹の寺 隠れた名刹 ここだけの話

「竹の寺」とよばれる地蔵院は、京都市の文化財環境保全地区に指定されている、臨済禅宗寺院です。1367年に室町幕府、管領の細川頼之が創建し、細川家の庇護のもと北朝系の天皇の勅願時にもなり、17万平方メートル(甲子園球場が4つ入る広さ)の境内…

万福寺  布の大きい袋に理屈も知識もしまい 笑う布袋さん

日本のなかの中国といわれている、宇治にある万福寺。禅宗は臨済宗、曹洞宗、黄檗宗(おうばくしゅう)と三宗ありますが、万福寺は黄檗宗の大本山です。宗祖は、中国の明末の禅僧だった隠元隆琦(りゅうき)で、1661年に開かれました。 明の様式をそのま…

広隆寺  微笑み弥勒 泣き弥勒 ふたつの半跏思惟像  

広隆寺の歴史は推古天皇の時代、603年に秦河勝(はたかわかつ)が聖徳太子から、一体の仏像を賜り、それを本尊として寺を建立したことから始まります。広隆寺のある太秦(うずまさ)という地域は、有力氏族である秦氏が支配していました。 京都フリー写真…

妙心寺  最大の宗派になった「そろばんづら」

妙心寺は京都、花園の地に広大な境内を持ち、町の日々のたたずまいの中にとけこんでいます。500メートル平方の境内の中は、北の門から南の門まで、誰でも自由に通り抜けることが出来ます。自転車で走り抜ける人や、ゆっくりと歩いてくる人。静かな石畳の…

東本願寺   京都タワーはお東さんのロウソクみたいなもん

京都駅前にそびえている京都タワーは、昭和39年に建てられました。古い都、伝統の街としての京都を大切に思ってきた人たちは、けったいな塔の出現を憎みました。ですが、しばらくすると「まあ、よう見ると、お東さんにそなえられたロウソクみたいやな。」…

延暦寺 信長によって荒廃した寺を再興させた天海   

延暦寺のある比叡山は標高850メートルたらず、日本の山としてはそれほど高くありませんが、京都市内が足下によく見渡せます。西側はかなり急な斜面で、東側はいくつかの平坦面を持ち、ややゆるやかです。それは、自然の山城のようで、どんな外敵もこの山…

西本願寺    違いは桃山時代の国宝建築があること

西本願寺は浄土真宗本願寺派の総本山で、1591年に豊臣秀吉の寄進によって壮大な規模の土地をあたえられ、現在の堀川六条に移転しました。織田信長は本願寺と敵対関係にあり、石山本願寺の地を手にするため、約11年におよぶ攻撃をおこなって撤退させて…

東寺     都会のビル群にそびえる五重塔

真言宗総本山、東寺(教王護国寺)は794年の平安遷都にともなって建立された密教寺院です。823年に弘法大師・空海が嵯峨天皇より賜りました。平安時代の雰囲気を今でも色濃く残していて、空海にまつわる数多くの貴重な文化財が、1200年にわたり大…

清水寺    京都のシンボライズ 清水の舞台

清水寺の本堂にある「清水の舞台」は、まさに京都を象徴する存在で、この舞台から見る絶景を目当てに年間400万の人びとが訪れます。創建以来、数々の焼失と再建を繰り返してきましたが、現在の本堂は1633年に再建されたものです。舞台の床は厚さ10…

龍安寺    女王も絶賛した謎めいた石庭

龍安寺の方丈南側には、世界的に名高い枯山水庭園の石庭があります。三方を油土塀で囲み、横幅25メートル、立幅10メートル余りの長方形の白砂の庭に15個の石が5・2・3・2・3に配置されています。このような禅の庭は、水を使わずに白砂や石だけで…

詩仙堂    石川丈山が住んだ洛北の仙境

洛北の一乗寺下り松という場所にある名勝詩仙堂は、石川丈山(じょうざん)が晩年の31年間を過ごした建物です。丈山がこの場所を選んで造営、移住したのが江戸時代初期の1642年、59才のときです。建物は一階は蜂要(ほうよう)といい、二階は吐月楼…

勧修寺    江戸時代の宮殿建築が並ぶ門跡寺院

京都には、皇室と深いつながりを持ち、存続してきた寺院が多くあります。いわゆる門跡寺院ですが、それがよく分かる特徴が、御所の旧建造物が移された堂宇です。勧修寺も、典型的な宮殿建築群で知られています。 古代から、あとを継承される天皇はただ一人で…

西芳寺(苔寺)  奇跡の庭  苔の生育に必要なすべての条件がそろった場所

紅葉の時期、掃いても拾っても追いつかないほど落葉は降ってきます。そんな中、お寺の方が苔の上に散った洛葉を、一枚ずつ手で取って拾われていました。おもてなしの心を感じながら、黄金池を中心とする下段の庭を歩いた思い出があります。 苔寺と通称をもつ…

法観寺ー八坂の塔  傾いた五重塔を真っ直ぐに戻した住職

祇園・八坂神社前の東大路という大通りから、路地(ろおじ)を曲がると八坂の五重塔が目の前に迫ってきます。法観寺という臨済宗建仁寺派の塔頭の一つです。※ 京都では(ろじ)と言わず(ろおじ)と発音します。 法観寺に伝わる「仏舎利塔記」によると、聖徳…

泉涌寺  遠い大陸の果てからやってきた文化財がある大伽藍

泉涌寺は大門をくぐると、坂の上から伽藍(がらん)を見下ろす配置になっています。ゆるやかな下り坂の向こうに、黒光りした本瓦の屋根の、重くずっしりとした仏殿が目に映ります。緑に囲まれた広く白い窪地の庭に、建物が沈んだように見える不思議で魅力的…

真如堂    女性たちに「心配しないで」と優しい表情を見せる阿弥陀さま

銀閣寺と南禅寺を結ぶ「哲学の道」の近くに、神楽岡(かぐらおか)という静寂に包まれた場所があります。真如堂は神楽岡にある古い歴史を持つお寺ですが、正式名は鈴聲山真正極楽寺(れいしょうざんしんしょうごくらくじ)といいます。鈴聲山という山号は、…

知恩院    大晦日につかれる巨大な鐘と日本最大の三門

1922年、物理学者のアインシュタインは、知恩院の鐘の中に潜り込んでいました。日本最大級の大きさといわれる知恩院の梵鐘。一度つくと、その音の余韻は20分近く続きます。ですが、鐘の真下に立つと、不思議なことにその音が消えて聞こえなくなるとい…