寺院

金地院   【禅宗最高峰の住持 以心崇伝】 

悪国師の名を受けて 徳川家康には極めて優秀で才覚に長けた、徳川幕府三百年の治世の基盤を築き上げたブレーンが二人いました。一人は、民衆に絶大な人気のあった天台宗の傑僧・南光坊天海。 そしてもう一人は「悪国師」と呼ばれ、人々を苦しませる悪役であ…

金閣寺 【義満の黄金趣味の極み】 水面に映る 曇りの日

舟を浮かべて盛大な宴 金閣といえば派手で強烈な光を放っているイメージがありますが、実際に境内へ足を踏み入れて眺めてみると、優しく気品ある光に包まれています。 手前の鏡湖池に写しだされたゆらゆら揺れる姿は、何か夢の世界を訪れたような幻想を抱か…

清水寺 【王城の守護神 田村麻呂】 明日を開く鍵 信じる言葉はあるか

征夷大将軍・坂上田村麻呂 清水寺が国から公認されたのは、805年のことです。できたばかりの平安京では、寺院の新設・奈良からの移転は禁じられていましたので、国家公認の東寺・西寺以外の寺院はありませんでした。 清水寺だけが例外的に、特別に認めら…

東福寺 【画聖 明兆】 ホンモノは全然違うのです

臨済宗を中心とした禅宗は、宋・元の美術や喫茶などの最新の中国文化と共に、鎌倉時代から南北朝時代にかけて日本へ伝わりました。 そこから江戸時代までの禅院で花開いた禅宗美術は、いまも名刹の特別公開などで展示され、訪れる人々を魅了してやみません。…

本法寺 【長谷川等伯 波龍図】 一滴の水で天に昇る

洛中に今も伝わる逸話 室町時代に創建された本法寺は、さまざまな法難に遭いながらも正面から立ち向かい、ねばり強く布教を続けた日蓮宗の本山であり、京都市民たちが誇る名刹です。 本法寺のある京都・洛中には、今も伝わるこんな逸話があります。桃山時代…

承天閣美術館 【天才画家 伊藤若冲】 雲のうえから微笑む

かよい慣れた道をいつもよりゆっくりと歩く夕暮れの帰り道。新型コロナのはやりで、本当に人がいないのでなんだか違う景色に見えます。 ここは、普段ならインバウンドの人々で溢れる、京都市中心部のグルメロード錦市場。いまは人影もまばらです。 その為に…

相國寺 【義満の権力欲の裏側】 幻の七重大塔

宗派を超えた国家的建築物 応永6(1399)年、それまで誰ひとり見たことのない高塔が、京都洛中の北の地に出現しました。その高さは三百六十尺、足利三代将軍・義満が竣工させた相國寺・七重大塔です。 百メートルを優に超すこの塔は、義満が宗派を超え…

本能寺 【麒麟がくる】 明智光秀はなぜ謀反を起こしたのか

応仁の乱からの復興 京都の街を焼き尽くした応仁の乱。絶望的状況がなんとか収束に向かったとき復興に尽力したのは、町衆と呼ばれる富裕層の商売人たちでした。 その大半の人たちは法華宗門徒だったので、法華宗の信仰は京都の中心部に浸透します。「題目の…

天球院  孤高の天才画家 狩野山雪

戦国武将・池田輝政の妹 妙心寺の塔頭のひとつである天球院は、寛永8(1631)年に建てられました。天球院という名は、姫路城主の戦国武将・池田輝政の妹の天球院という院号から名付けられています。 この女性は因幡若狭城主に嫁ぎましたが、離縁し池田…

天授庵  細川幽斎 古今伝授の戦国武将が再建させた名刹

京都三大門のひとつ南禅寺の巨大な三門のすぐ傍に、杮葺きの本堂の天授庵はただずんでいます。 池の縁を深紅の紅葉が包み込む池泉回遊式庭園と本堂の前庭に広がる枯山水庭園。ふたつの趣を感じることの出来る景観は、訪れる人々を魅了してやみません。 南禅…

曼殊院  寛永文化の結晶 京都の歴史を立体的に理解する

今ではすっかり紅葉の名所となった洛北の曼殊院ですが、15年ほど前までは、訪れる人もそんなに多くありませんでした。樹々に縁どられた緩い坂道をまっすぐに上がっていくと、勅使門と淡青色の漆喰塀が見えてきます。 この門前は、もうそろそろ燃えるような…

観智院  客殿に描かれた武蔵の水墨画 翼あるもの

東寺の子院を代表する存在であり、教学研究で優秀な学僧を多く輩出した観智院は、延文4(1359)年に後宇多天皇の遺志によって創建されました。その後、徳川家康によって真言一宗の勧学院と定められます。 慶長10(1605)年に北政所(ねね)の寄進…

寂光院  大原の里と建礼門院 貴女の笑顔が見たいから

父・用明天皇の菩提を弔うために、聖徳太子が自ら造った地蔵菩薩像を安置して開創した寂光院は、洛中から十数キロ離れた大原の里にたたずんでいます。大原には太子が創った寺院が数多く有り、実光院の地蔵菩薩や通称蛇寺の阿弥陀如来も太子刻の伝承を持ちま…

宝厳院  漱石が心癒された獅子吼の庭 「京に着ける夕」

朱色に燃える楓に包まれた獅子吼の庭。寛正2(1461)年に創建された宝厳院は、嵐山・天龍寺の塔頭寺院です。江戸時代に京都の名所名園を収録した「都林泉名勝図会」にも紹介されている(獅子吼の庭)は、嵐山の借景を取り入れた、京都でも有数の紅葉の…

大徳寺  たやすくひるまない臨済禅の拠点

臨済宗大徳寺派の大本山である名刹・大徳寺は、戦国武将たちが創建した数多くの塔頭を持ちます。花園上皇や後醍醐天皇の手厚い援助を受けていた大徳寺は、反体制側の足利将軍家が天下をとる時代になると、理不尽な扱いを受けるようになりました。「官の寺」…

永観堂 みかえり阿弥陀 人はみな弱虫を背負っている

1000年前から、山寺特有の雄大な紅葉が名高い永観堂は、正しくは禅林寺という浄土宗西山禅林寺派の総本山です。寺域の楓は3千本を超えていて、季節になると境内が真紅の色で染めつくされます。そして、東山の山腹にそびえる永観堂の特徴として、山の側…

退蔵院  元信の庭  天才絵師の家系

退蔵院は、妙心寺の塔頭(本寺の境内にある小寺)で、創建1404年という古い歴史を持ちます。花園上皇が創った本寺の妙心寺は足利義満に圧迫されて、寺名を竜雲寺と変えられていたほど苦境にありました。 ですが、第三世の宗因禅師(そういんぜんし)の高徳…

妙喜庵待庵  利休の最高傑作 草庵茶室

主君・織田信長の仇うちのために、明智光秀を合戦で滅ぼした豊臣秀吉は、乱世を制して天下布武を実現しました。その舞台となる天王山を抱くここ山崎の地に、古刹・妙喜庵(みょうきあん)はたたずんでいます。 この山崎の合戦後、秀吉は1年ほど山崎に滞在し…

毘沙門堂    円山応挙の遊鯉と山もみじの名刹

天台宗五門跡という高い寺格を持つ毘沙門堂は、京都駅から一駅、山科駅北側の山あいにたたずむ風情のある山寺です。秋になるとこの辺り一帯が紅葉し、洛中とはまた違った雄大な風景が見られます。 そして、毘沙門堂では円山応挙の杉板絵の衝立(ついたて)を…

清凉寺  嵯峨釈迦堂  もしも想夫恋が聴けるなら

寛平6(894)年に遣唐使が停止されてから約1世紀後、東大寺の僧である奝然(ちょうねん)が、密教を研究するために中国(宋)主要部へ向かいます。それは、古代日本人の最大の旅行記といわれ、その期間は約20ヶ月におよびました。 有名なインド伝来の…

方広寺    ほんの一瞬だけ輝いた 黄金の大仏

慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は日本の支配権を手に入れます。秀頼の代になっていた豊臣家は、わずか60万石の大坂の一大名に転落しました。用心深い家康は関ヶ原に勝利しても安心出来ず、しおれた花に足を踏んづけるように、無理…

六波羅蜜寺  市の聖  そんなあなたになりたくて

平安時代の半ば、京の町に流行していた疫病に立ち向かう一人の聖(ひじり)がいました。その人は、空也(くうや)。自ら刻んだ十一面観音像を車に乗せ洛中を引き回し、念仏を唱えて病魔を鎮めます。 この時、野生の茶を霊水で煎じて、小梅干しと結び昆布を入…

高桐院  忠興の思い 愛しきガラシャよ永遠に

一度は見ておきたいアプローチ 竹林に囲まれた高桐院の苔が敷き詰められた庭の中に、書院に続く歩いて1分ほどの小径があります。これが、スピルバーグが立ち止まり感激し絶賛したといわれる有名な高桐院のアプローチです。 細川藤孝を弔う高雅な寺院 そして…

光悦寺    洛北 鷹ヶ峰に築かれた芸術の里

光悦寺は、左大文字山の北に位置する鷹ヶ峰にあります。光悦とは本阿弥光悦のことですが、彼は、茶道、書、陶芸、彫刻、漆絵とオールラウンドに才能を発揮する文化人でした。1615年、徳川家康から、この鷹ヶ峰の地を与えられ、芸術家や工芸職人を集めて…

地蔵院    竹の寺 隠れた名刹 ここだけの話

「竹の寺」とよばれる地蔵院は、京都市の文化財環境保全地区に指定されている、臨済禅宗寺院です。1367年に室町幕府、管領の細川頼之が創建し、細川家の庇護のもと北朝系の天皇の勅願時にもなり、17万平方メートル(甲子園球場が4つ入る広さ)の境内…

万福寺  布の大きい袋に理屈も知識もしまい 笑う布袋さん

日本のなかの中国といわれている、宇治にある万福寺。禅宗は臨済宗、曹洞宗、黄檗宗(おうばくしゅう)と三宗ありますが、万福寺は黄檗宗の大本山です。宗祖は、中国の明末の禅僧だった隠元隆琦(いんげんりゅうき)で、1661年に開かれました。 明の様式…

広隆寺  微笑み弥勒 泣き弥勒 ふたつの半跏思惟像  

広隆寺の歴史は推古天皇の時代603年に、秦河勝(はたかわかつ)が聖徳太子から一体の仏像を賜り、それを本尊として寺を建立したことから始まります。広隆寺のある太秦(うずまさ)という地域は有力氏族である秦氏が支配していました。 京都フリー写真素材…

妙心寺  最大の宗派になった「そろばんづら」

広大な敷地と宗勢を持つお寺 洛西・花園の地に広大な境内を持ち、町の日々の生活にとけこむように妙心寺は佇んでいます。自転車で走り抜ける人や、ゆっくりと歩いてくる人。500メートル平方の境内の中は、北の門から南の門まで誰でも自由に通り抜けること…

東本願寺   京都タワーはお東さんのロウソクみたいなもん

京都駅前にそびえている京都タワーは、昭和39年に建てられました。古い都、伝統の街としての京都を大切に思ってきた人たちは、けったいな塔の出現を憎みました。ですが、しばらくすると「よう見ると、お東さんにそなえられたロウソクみたいやな。まぁええ…

延暦寺 信長によって荒廃した寺を再興させた天海   

延暦寺のある比叡山は標高850メートルたらず、日本の山としてはそれほど高くありませんが、京都市内が足下によく見渡せます。西側はかなり急な斜面で、東側はややゆるやかないくつかの平坦面を持ちます。それは自然の山城のようで、どんな外敵もこの山に…