京都美術

東福寺 【画聖 明兆】 ホンモノは全然違うのです

臨済宗を中心とした禅宗は、宋・元の美術や喫茶などの最新の中国文化と共に、鎌倉時代から南北朝時代にかけて日本へ伝わりました。 そこから江戸時代までの禅院で花開いた禅宗美術は、いまも名刹の特別公開などで展示され、訪れる人々を魅了してやみません。…

本法寺 【長谷川等伯 波龍図】 一滴の水で天に昇る

洛中に今も伝わる逸話 室町時代に創建された本法寺は、さまざまな法難に遭いながらも正面から立ち向かい、ねばり強く布教を続けた日蓮宗の本山であり、京都市民たちが誇る名刹です。 本法寺のある京都・洛中には、今も伝わるこんな逸話があります。桃山時代…

承天閣美術館 【天才画家 伊藤若冲】 雲のうえから微笑む

かよい慣れた道をいつもよりゆっくりと歩く夕暮れの帰り道。新型コロナのはやりで、本当に人がいないのでなんだか違う景色に見えます。 ここは、普段ならインバウンドの人々で溢れる、京都市中心部のグルメロード錦市場。いまは人影もまばらです。 その為に…

天球院  孤高の天才画家 狩野山雪

戦国武将・池田輝政の妹 妙心寺の塔頭のひとつである天球院は、寛永8(1631)年に建てられました。天球院という名は、姫路城主の戦国武将・池田輝政の妹の天球院という院号から名付けられています。 この女性は因幡若狭城主に嫁ぎましたが、離縁し池田…

曼殊院  寛永文化の結晶 京都の歴史を立体的に理解する

今ではすっかり紅葉の名所となった洛北の曼殊院ですが、15年ほど前までは、訪れる人もそんなに多くありませんでした。樹々に縁どられた緩い坂道をまっすぐに上がっていくと、勅使門と淡青色の漆喰塀が見えてきます。 この門前は、もうそろそろ燃えるような…

観智院  客殿に描かれた武蔵の水墨画 翼あるもの

東寺の子院を代表する存在であり、教学研究で優秀な学僧を多く輩出した観智院は、延文4(1359)年に後宇多天皇の遺志によって創建されました。その後、徳川家康によって真言一宗の勧学院と定められます。 慶長10(1605)年に北政所(ねね)の寄進…

退蔵院  元信の庭  天才絵師の家系

退蔵院は、妙心寺の塔頭(本寺の境内にある小寺)で、創建1404年という古い歴史を持ちます。花園上皇が創った本寺の妙心寺は足利義満に圧迫されて、寺名を竜雲寺と変えられていたほど苦境にありました。 ですが、第三世の宗因禅師(そういんぜんし)の高徳…

毘沙門堂    円山応挙の遊鯉と山もみじの名刹

天台宗五門跡という高い寺格を持つ毘沙門堂は、京都駅から一駅、山科駅北側の山あいにたたずむ風情のある山寺です。秋になるとこの辺り一帯が紅葉し、洛中とはまた違った雄大な風景が見られます。 そして、毘沙門堂では円山応挙の杉板絵の衝立(ついたて)を…

高山寺 【国宝 鳥獣人物戯画】なぜこの寺に伝わったのか 

世界遺産のひとつ高山寺は、人里離れた栂尾の地に静かに佇んでいます。 寺には石水院という国宝がありますが、これは明恵という高僧の住房だった建物です。1218年に後鳥羽上皇から学問所として贈られたものを明恵が高山寺に移しました。 建て替えや改造…

養源院  お江の思いが託された 俵屋宗達の杉戸絵

豊臣家により創建され徳川家によって再建された寺 養源院は、文禄3(1594)年に豊臣秀吉の側室淀殿の願いによって、彼女の父である浅井長政と祖父・久政の追悼の寺として建てられました。戦国期の北近江の大名であった浅井長政は、妻・お市の兄にあたる…

智積院   必見! 長谷川派による国宝の障壁画

智積院は和歌山県の根来寺にルーツを持つ、新義真言宗を名乗る智山派の総本山です。 新義真言宗は真言宗の改革派というべき院政時代の僧、覚鑁(かくばん)の流れをくむ真言密教です。覚鑁は高野山から根来山へ修学の地を移し、根来寺山内には多くの子寺や僧…

建仁寺 【孤高の日本画家 小泉淳作】 法堂の「双龍図」

孤高の日本画家が描いた天井画 京都の名刹には、法堂に龍図の天井画が描かれている場所が多くあります。これは、龍が仏法護持の神将として水をつかさどることから、「火災から建物を守る」という意味が含まれているんですね。 建仁寺の龍図は、創建800年…