京都美術

天球院  孤高の天才画家 狩野山雪

妙心寺の塔頭のひとつである天球院は、寛永8(1631)年に建てられました。天球院という名は、姫路城主の戦国武将・池田輝政の妹の天球院という院号から名付けられています。この女性は因幡若狭城主に嫁ぎましたが、離縁し池田家に戻ります。彼女には子…

曼殊院  寛永文化の結晶 京都の歴史を立体的に理解する方法

今では、すっかり紅葉の名所となった洛北の曼殊院ですが、15年ほど前までは、訪れる人もそんなに多くありませんでした。樹々に縁どられた緩い坂道をまっすぐに上がっていくと、勅使門と淡青色の漆喰塀が見えてきます。 この門前は、もうそろそろ燃えるよう…

観智院  客殿に描かれた武蔵の水墨画 翼あるもの

東寺の子院を代表する存在で、教学研究で優秀な学僧を多く輩出した観智院は、延文4(1359)年に後宇多天皇の遺志によって創建されました。その後、徳川家康によって真言一宗の勧学院と定められます。 慶長10(1605)年に北政所(ねね)の寄進によ…

退蔵院  元信の庭  天才絵師の家系

退蔵院は、妙心寺の塔頭(本寺の境内にある小寺)で、創建1404年という古い歴史を持ちます。花園上皇が創った本寺の妙心寺は足利義満に圧迫されて、寺名を竜雲寺と変えられていたほど苦境にありました。 ですが、第三世の宗因禅師(そういんぜんし)の高徳…

毘沙門堂    円山応挙の遊鯉と山もみじの名刹

天台宗五門跡という高い寺格を持つ毘沙門堂は、京都駅から一駅、山科駅北側の山あいにたたずむ風情のある山寺です。秋になるとこの辺り一帯が紅葉し、洛中とはまた違った雄大な風景が見られます。 そして、毘沙門堂では円山応挙の杉板絵の衝立(ついたて)を…

高山寺 国宝「鳥獣人物戯画」はなぜこの寺に伝わったのか 

高山寺は京都にある世界遺産のひとつで、人里離れた栂尾の地にあります。高山寺には石水院という国宝がありますが、これは明恵という僧の住房だった建物です。1218年に後鳥羽上皇から学問所として贈られたものを明恵が高山寺に移しました。建て替えや改…

養源院  俵屋宗達の残した杉戸絵

豊臣家により創建され徳川家によって再建された寺 養源院は文禄3(1594)年に豊臣秀吉の側室淀殿の願いによって、彼女の父、浅井長政および祖父久政の追悼の寺として建てられました。戦国期の北近江の大名であった浅井長政は、妻お市の方の兄にあたる織…

智積院   必見! 長谷川派による国宝の障壁画

智積院は和歌山県の根来寺にルーツを持つ、新義真言宗を名乗る智山派の総本山です。 新義真言宗は真言宗の改革派というべき院政時代の僧、覚鑁(かくばん)の流れをくむ真言密教です。覚鑁は高野山から根来山へ修学の地を移し、根来寺山内には多くの子寺や僧…

建仁寺  大迫力! 法堂の「双龍図」

墨に七彩あり 孤高の日本画家が描いた天井画 京都の名刹には、法堂に龍図の天井画が描かれている場所が多くあります。これは、龍が仏法護持の神将として水をつかさどることから、「火災から建物を守る」という意味が含まれているんですね。 建仁寺の龍図は、…