世界文化遺産

仁和寺  仁清と乾山 宮廷文化が生んだ きれいさび 京焼

御池と御室 代々天皇の皇子および皇孫が門跡という住職を務められた世界文化遺産・仁和寺。 神泉苑のある場所が御池と呼ばれるように、この古刹がある地域も御室と呼ばれてきたのです。 寺であると同時に宮殿であるという性格を持つこの門跡は、全国の寺社を…

平等院  鳳凰堂  龍神に守られた平安時代の象徴

建物から飛び出している尾廊 朝日山から朝日が昇ると、光りが池の水面に当たり、その光は反射してお堂の中に入ります。 さざなみのようにキラキラ揺れる光を受けた仏像は、まるで胸のあたりで呼吸しているかのようです。 まばゆい自然の光によって、阿弥陀如…

金閣寺  義満の黄金趣味の極み 水面に映る 曇りの日

舟を浮かべて盛大な宴 金閣といえば派手で強烈な光を放っているイメージがありますが、実際に境内へ足を踏み入れて眺めてみると、優しく気品ある光に包まれています。 手前の鏡湖池に写しだされたゆらゆら揺れる姿は、何か夢の世界を訪れたような幻想を抱か…

清水寺  王城の守護神 田村麻呂 明日を開く鍵 信じる言葉はあるか

征夷大将軍・坂上田村麻呂 清水寺が国から公認されたのは、805年のことです。できたばかりの平安京では、寺院の新設・奈良からの移転は禁じられていましたので、国家公認の東寺・西寺以外の寺院はありませんでした。 清水寺だけが例外的に、特別に認めら…

二条城 なんで都にお城が建ってんのやろ  離宮と呼ばれて

なぜ元離宮と呼ばれるのか 明治元(1868)年2月3日、二条城に明治天皇が行幸されて、城内・白書院で徳川幕府討伐の詔(みことのり)を発せられました。 薩長を中心とした討幕軍は江戸に進発します。そう、遡ること260年前に、徳川家康が京での幕府…

延暦寺  信長によって荒廃した寺を再興させた天海   

自然の山城それは天然の要塞 延暦寺のある比叡山は標高850メートルたらず、日本の山としてはそれほど高くありませんが、京都市内が足下によく見渡せます。 西側はかなり急な斜面で、東側はややゆるやかないくつかの平坦面を持ちます。 それは自然の山城の…

上賀茂神社  神奈備信仰の社  岩倉具視が復活させた葵祭

古代日本人の優れた色彩感覚 賀茂川上流にある御園橋(みそのばし)を渡ると、奥に上賀茂神社がしずまっているのが見えてきます。 まるで王朝時代が再現されているように、丹塗りの鳥居と殿舎が、青い杉の木立のなかに立ち並んでいます。 神社建築の丹塗りは…

西本願寺  東本願寺との違い  桃山時代の国宝建築

阿弥陀如来に深く帰依していた秀吉 西本願寺は浄土真宗本願寺派の総本山です。1591年に、豊臣秀吉の寄進によって壮大な規模の土地をあたえられ、現在の堀川六条に移転しました。 織田信長は本願寺と敵対関係にあり、石山本願寺の土地を手にするために、…

東寺  都会のビル群にそびえる五重塔 1200年前からこの場所に

1200年前から変わっていない東寺の所在地 真言宗総本山、東寺(教王護国寺)は794年の平安遷都にともなって建立された密教寺院です。823年に弘法大師・空海が嵯峨天皇より賜りました。 平安時代の雰囲気を今でも色濃く残していて、空海にまつわる…

下鴨神社    水の神がいる裁判発祥の地 糺の森

賀茂社を司っていたのは賀茂氏です 上下の両賀茂神社は、伊勢神宮と並んで皇室からもっとも崇敬されてきました。賀茂社の神に対する崇敬が特に厚くなったのは、桓武天皇の794年平安遷都からです。 賀茂社を司っていたのは、京都の東北に居を構える賀茂氏…

龍安寺    女王も絶賛した謎につつまれた石庭

ある日を境に数千人が訪れた庭園 龍安寺の方丈南側には、世界的に名高い枯山水庭園の石庭があります。 三方を油土塀で囲み、横幅25メートル、立幅10メートル余りの長方形の白砂の庭に15個の石が5・2・3・2・3に配置されています。 このような禅の…

西芳寺(苔寺)  夢窓国師が中興した 奇跡の庭  

緑艶やかな色彩の苔 苔寺と通称をもつ西芳寺は、京都の西山エリアにあります。 平安時代のおわりごろから浄土信仰の寺として起こり、時代の流れで衰退していたのを、1339年に禅僧の夢窓国師(むそうこくし)が中興しました。 夢窓国師は芸術的な才能を持…

醍醐寺  京都でいちばん古い五重塔 幻想的な宗教建築物

千年前に建てられた醍醐寺の五重塔 京都で有名な塔といえば、やはり東寺の五重塔ですが、京都でいちばん歴史ある古い塔は醍醐寺の五重塔です。 東寺の塔は4回も火災に遭い、現在の塔は江戸初期の1644年に建てられたものです。それに対して醍醐寺の塔は…

高山寺 国宝 鳥獣人物戯画  なぜこの寺に伝わったのか 

石水院「鳥獣人物戯画」 世界遺産のひとつ高山寺は、人里離れた栂尾の地に静かに佇んでいます。 寺には石水院という国宝がありますが、これは明恵という高僧の住房だった建物です。1218年に後鳥羽上皇から学問所として贈られたものを明恵が高山寺に移し…

平等院   鳳凰堂 それは飛ぶ鳥の形をした建物

鳥の姿を池の水に映す極楽浄土 その建物は、南北翼廊を左右の翼になぞらえ、真ん中の阿弥陀堂をまさに鳥の顔に見立てています。 よく見ると阿弥陀様の目は鳥の目であり、その上には鳥の鶏冠のようなものが乗っていて、尾廊は長く池を横切って裏山に通じてい…

天龍寺   大方丈から曹源池の向こうに見る登竜門

後醍醐天皇の鎮魂のために造られた寺 天龍寺は暦応2(1339)年に、足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために高僧、夢窓疎石を開山として建立されました。 尊氏によって吉野に追いやられた後醍醐天皇は、右手に剣を持ち、左手に法華経を持って、臨終の苦…

仁和寺  静寂につつまれた壮大な門跡寺院

仁和寺を拝観される時にぜひ見ていただきたいのが、中門から二王門を正面に見下ろす壮大な景色です。迫力ある二王門をくぐると、中門まで上り斜面になっています。 ですので、中門まで上がって振り返ると正面下に二王門の裏側を見下ろすことになります。右に…

銀閣寺  義政が遺した東山文化の象徴

義政の治世の結果は焦土だった 室町幕府八代将軍足利義政は、弟の義視を還俗させてあと継ぎに定め、自分は義視が住職をしていた浄土寺の一角に慈照院を造り隠棲しようとしました。 ところが、妻の日野富子が義尚を生みあと継ぎ争いが起こります。それがひと…