平安京

鞍馬寺  毘沙門天立像  わずかな光のなかに道はある

はるか彼方を見すえる鞍馬寺の国宝・毘沙門天立像(びしゃもんてんりゅうぞう)。 左手を額あたりにかざして、遠く、平安の都を見守っています。 北方から都を守護するため、秘境の霊山というその場所に立ち続けてきました。 ま昼でさえ漆黒のような暗闇に覆…

水の都  扉を開けたら 霧雨のなかの平安京 

それは歴史的発見 平成11年、神泉苑にほど近い京都市立西京商業高校のグラウンドが発掘され、極めて貴重な遺跡が発見されました。 それは平安時代の寝殿造り、貴族の邸宅と池泉庭園が、そっくりそのままの形で姿を現したのです。 池の大きさは、東西15メ…

和気清麻呂  平安京建都 約束の場所  

戦前の日本において、楠木正成と並んで、二代忠臣と呼ばれた和気清麻呂(わけのきよまろ)。 楠木正成は南朝を守るために、武人として壮絶な最期を遂げましたが、清麻呂は、王朝の万世一系という神勅を命懸けで守った官人でした。 女帝と怪僧 神護景雲3(7…

法成寺を建てた藤原道長  欠けることのない満月 

自分にバンザイ わたしでよかった 平安時代最高の権力者といわれる藤原道長。自宅に招いた大勢の公卿の前で「この世をばわが世とぞ思ふ」という和歌を詠み、その場を凍りつかせました。 その慢心に聞こえる自画自賛は、酒の席での戯言でしょ、と流されること…

和泉式部  恋愛歌人 そのバラ色の生涯

誰もが振り返る美貌 王朝の三才女と呼ばれたのが、清少納言と紫式部、そして和泉式部です。 ともに、一条天皇の中宮のもとに出仕しているのですが、中宮・定子に仕えたのが清少納言で、その後に中宮となった彰子(しょうし)には、紫式部と和泉式部が順に仕…

清少納言  February Morning  東の空を見上げて

春はあけぼの。それは余韻をもたせた日本的表現 四季折々の風物が見事に描写された「枕草子」。 清少納言の観察力と感性の鋭さで描かれた、その平安文学の傑作は、今日読み返されても色あせることはありません。 「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは…

法性寺  藤原北家 その偉大なる系譜の氏寺

藤原北家の摂関独占 平安時代初期から後、藤原四家のなかで摂政・関白の座を独占したのは藤原北家でした。 かって勢力を誇示していた南家や式家は、相次ぐ政争に巻き込まれてすでに失脚していました。 院政期以降は形骸化したとはいえ、明治維新までの900…