寺院

本法寺 長谷川等伯 波龍図  一滴の水で天に昇る

洛中に今も伝わる逸話 室町時代に創建された本法寺は、さまざまな法難に遭いながらも正面から立ち向かい、ねばり強く布教を続けた日蓮宗の本山であり、京都市民たちが誇る名刹です。 本法寺のある京都・洛中には、今も伝わるこんな逸話があります。 桃山時代…

承天閣美術館  天才画家 伊藤若冲 雲のうえから微笑む

かよい慣れた道を、いつもよりゆっくりと歩く夕暮れの錦通り。新型コロナのはやりで本当に人がいないので、なんだか違う景色に見えます。 ここは、普段ならインバウンドの人々で溢れる、京都市中心部のグルメロード錦市場。いまは人影もまばらです。 その為…

相國寺  義満の権力欲の裏側  幻の七重大塔

宗派を超えた国家的建築物 応永6(1399)年、それまで誰ひとり見たことのない高塔が、京都洛中の北の地に出現しました。その高さは三百六十尺、足利三代将軍・義満が竣工させた相國寺・七重大塔です。 百メートルを優に超すこの塔は、義満が宗派を超え…

本能寺  麒麟が来る  明智光秀はなぜ謀反を起こしたのか

応仁の乱からの復興 京都の街を焼き尽くした応仁の乱。絶望的状況がなんとか収束に向かったとき復興に尽力したのは、町衆と呼ばれる富裕層の商売人たちでした。 その大半の人たちは法華宗門徒だったので、法華宗の信仰は京都の中心部に浸透します。 「題目の…

天球院  孤高の天才画家 狩野山雪

戦国武将・池田輝政の妹 妙心寺の塔頭のひとつである天球院は、寛永8(1631)年に建てられました。 天球院という名は、姫路城主の戦国武将・池田輝政の妹の天球院という院号から名付けられています。 この女性は因幡若狭城主に嫁ぎましたが、離縁し池田…

天授庵  細川幽斎 古今伝授の戦国武将が再建させた名刹

杮葺きの本堂の天授庵は、南禅寺の巨大な三門のすぐ傍にただずんでいます。 池縁を深紅の紅葉が包み込む池泉回遊式庭園、さらに本堂の前庭には、広がる枯山水庭園があり、ふたつの趣を感じることの出来る景観は、訪れる人々を魅了してやみません。 徳川家が…

曼殊院  寛永文化の結晶 京都の歴史を立体的に理解する

ビューポイントの門前 今ではすっかり紅葉の名所となった洛北の曼殊院ですが、15年ほど前までは、訪れる人もそんなに多くありませんでした。 樹々に縁どられた緩い坂道をまっすぐに上がっていくと、勅使門と淡青色の漆喰塀が見えてきます。 この門前は、も…

観智院  客殿に描かれた武蔵の水墨画 翼あるもの

一度は訪れたい国宝の客殿 東寺の子院を代表する存在であり、教学研究で優秀な学僧を多く輩出した観智院は、延文4(1359)年に後宇多天皇の遺志によって創建されました。 その後、徳川家康によって真言一宗の勧学院と定められます。 慶長10(1605…

寂光院  大原の里と建礼門院 貴女の笑顔が見たいから

聖徳太子と小野妹子 ゆかりの古刹 洛中から十数キロ離れた大原の里にたたずむ寂光院。 聖徳太子が自ら造った地蔵菩薩像を安置して、父・用明天皇の菩提を弔うために開創しました。 大原には太子が創った寺院が数多く有り、実光院の地蔵菩薩や通称蛇寺の阿弥…

宝厳院  漱石が心癒された獅子吼の庭 「京に着ける夕」

嵐山の麓にある紅葉の名所 朱色に燃える楓に包まれた獅子吼の庭。寛正2(1461)年に創建された宝厳院は、嵐山・天龍寺の塔頭寺院です。 江戸時代に京都の名所名園を収録した「都林泉名勝図会」にも紹介されている(獅子吼の庭)。ここは、嵐山の借景を…

大徳寺  たやすくひるまない臨済禅の拠点

屈辱に耐えて発展した名刹 臨済宗大徳寺派の大本山である名刹・大徳寺は、戦国武将たちが創建した数多くの塔頭を持ちます。 花園上皇や後醍醐天皇の手厚い援助を受けていた大徳寺は、反体制側の足利将軍家が天下をとる時代になると理不尽な扱いを受けるよう…

永観堂 みかえり阿弥陀 人はみな弱虫を背負っている

山崖にはりついた堂宇 およそ1000年前から、山寺らしい雄大な紅葉が見どころの永観堂。 正しくは禅林寺という浄土宗・西山禅林寺派の総本山です。 寺域の楓は3千本を超えていて、季節になると境内が真紅の色で染めつくされます。 そして、山の斜面に寄…

退蔵院  元信の庭  天才絵師の家系

16世紀になって再興された現在の退蔵院 退蔵院は妙心寺の塔頭(本寺の境内にある小寺)で、創建1404年という古い歴史を持ちます。 花園上皇が創った本寺の妙心寺は足利義満に圧迫されて、寺名を竜雲寺と変えられていたほど苦境にありました。 ですが、第…

妙喜庵待庵  利休の最高傑作 草庵茶室

利休が造った茶室 主君・織田信長の仇うちのために明智光秀を滅ぼした豊臣秀吉は、乱世を制して天下布武を実現しました。 その舞台となる天王山を抱くここ山崎の地に、古刹・妙喜庵(みょうきあん)はたたずんでいます。 この山崎の合戦後、秀吉は1年ほど山…

毘沙門堂    円山応挙の遊鯉と山もみじの名刹

天台宗五門跡という高い寺格を持つ毘沙門堂は、山あいにたたずむ風情のある山寺になります。 秋になるとこの辺り一帯が紅葉し、洛中とはまた違った雄大な風景を見ることが出来るのです。 円山応挙 遊鯉 そして、是非ご覧になっていただきたいのが、円山応挙…

清凉寺  生身の釈迦如来像  もしも想夫恋が聴けるなら

国宝の釈迦如来像 寛平6(894)年に遣唐使が停止されてから約1世紀後、東大寺の僧である奝然(ちょうねん)が、密教を研究するために中国(宋)主要部へ向かいます。 それは、古代日本人の最大の旅行記といわれ、その期間は約20ヶ月におよびました。 …

方広寺  ほんの一瞬だけ輝いた 黄金の大仏

しおれた花に足を踏んづけるように 慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、日本の支配権を手に入れます。 秀頼の代になっていた豊臣家は、わずか60万石の大坂の一大名に転落しました。 用心深い家康は関ヶ原に勝利しても安心出来ず、し…

六波羅蜜寺  市の聖 空也 常に市井の人の中にあり

疫病に立ち向かう市の聖 空也 平安時代の半ば、京の町に流行していた疫病に立ち向かう一人の聖(ひじり)がいました。 その人は、空也(くうや)。自ら刻んだ十一面観音像を車に乗せ洛中を引き回し、念仏を唱えて病魔を鎮めます。 この時、野生の茶を霊水で…

高桐院  忠興の思い 愛しきガラシャよ永遠に

一度は見ておきたいアプローチ 竹林に囲まれた高桐院の苔が敷き詰められた庭の中に、書院に続く歩いて1分ほどの小径があります。 これが、スピルバーグが立ち止まり感激し絶賛したといわれる有名な高桐院のアプローチです。 細川藤孝を弔う高雅な寺院 そし…

光悦寺    洛北 鷹ヶ峰に築かれた芸術の里

文化サロン 光悦村の誕生 左大文字山の北に位置する鷹ヶ峰にたたずむ光悦寺。 光悦とは本阿弥光悦のことですが、茶道、書、陶芸、彫刻、漆絵とオールラウンドに才能を発揮する文化人でした。 1615年、徳川家康からこの鷹ヶ峰の地を与えられ、芸術家や工…

地蔵院    竹の寺 隠れた名刹 ここだけの話

細川家のルーツが描出された古刹 「竹の寺」とよばれる地蔵院は、京都市の文化財環境保全地区に指定されている臨済禅宗寺院です。 1367年に室町幕府管領の細川頼之が創建し、細川家の庇護のもと北朝系の天皇の勅願時にもなりました。 それは17万平方メ…

万福寺  布の大きい袋に理屈も知識もしまい 笑う布袋さん

隠元禅師がもたらしたもの 日本のなかの中国といわれている、宇治にある万福寺。禅宗は臨済宗・曹洞宗・黄檗宗(おうばくしゅう)と三宗ありますが、万福寺は黄檗宗の大本山です。 宗祖は、中国の明末の禅僧だった隠元隆琦(いんげんりゅうき)で1661年…

広隆寺  微笑み弥勒 泣き弥勒 ふたつの半跏思惟像  

聖徳太子と秦河勝 推古天皇の時代603年、秦河勝(はたかわかつ)が聖徳太子から一体の仏像を賜り、それを本尊として寺を建立したことから広隆寺の歴史は始まりました。 広隆寺のある太秦(うずまさ)という地域は有力氏族である秦氏が支配していたのです…

妙心寺  最大の宗派になった「そろばんづら」

広大な敷地と宗勢を持つお寺 洛西・花園の地に広大な境内を持ち、町の生活空間と一体化するように、妙心寺は静かに佇んでいます。 三門・仏殿・法堂・方丈・庫裏などが直線にならぶ伽藍群の先には、青い空が大きくひろがっている。 自転車で走り抜ける人や、…

東本願寺   京都タワーはお東さんのロウソクみたいなもん

ロウソクの明かりは、仏さまの智慧の光 京都駅前にそびえている京都タワーは昭和39年に建てられました。 古い都、伝統の街としての京都を大切に思ってきた人たちは、けったいな塔の出現を憎みました。 ですが、しばらくすると「よう見ると、お東さんにそな…

東寺  都会のビル群にそびえる五重塔 1200年前からこの場所に

1200年前から変わっていない東寺の所在地 真言宗総本山、東寺(教王護国寺)は794年の平安遷都にともなって建立された密教寺院です。823年に弘法大師・空海が嵯峨天皇より賜りました。 平安時代の雰囲気を今でも色濃く残していて、空海にまつわる…

詩仙堂    石川丈山が住んだ洛北の仙境

俗界から仙境に足を踏み入れる 洛北の一乗寺下り松という場所にある名勝詩仙堂は、石川丈山(じょうざん)が晩年の31年間を過ごした建物です。 丈山がこの場所を選んで造営、移住したのが江戸時代初期の1642年、59才のときです。 建物は一階は蜂要(…

勧修寺   門跡寺院  御所の旧建造物が移された堂宇

天台宗・真言宗の寺院に多い門跡寺院 王朝文化が築かれた京都には、皇室と深いつながりを持つことで存続してきた寺院が数多くあります。 いわゆる門跡と呼ばれる寺院なのですが、それがよく分かる特徴として、御所の旧建造物が移された堂宇がよく見かけられ…

西芳寺(苔寺)  夢窓国師が中興した 奇跡の庭  

緑艶やかな色彩の苔 苔寺と通称をもつ西芳寺は、京都の西山エリアにあります。 平安時代のおわりごろから浄土信仰の寺として起こり、時代の流れで衰退していたのを、1339年に禅僧の夢窓国師(むそうこくし)が中興しました。 夢窓国師は芸術的な才能を持…

法観寺ー八坂の塔  傾いた五重塔を真っ直ぐに戻した住職

法観寺に伝わる「仏舎利塔記」 祇園・八坂神社前の東大路という大通りから、路地(ろおじ)を曲がると、五重塔が目の前に迫ってきます。 その五重塔の名は、八坂の塔と呼ばれる臨済宗・建仁寺派の塔頭である法観寺です。 法観寺に伝わる「仏舎利塔記」による…