名所・史跡

妙喜庵待庵  利休の最高傑作 草庵茶室

主君・織田信長の仇うちのために、明智光秀を合戦で滅ぼした豊臣秀吉は、乱世を制して天下布武を実現しました。その舞台となる天王山を抱くここ山崎の地に、古刹・妙喜庵(みょうきあん)はたたずんでいます。 この山崎の合戦後、秀吉は1年ほど山崎に滞在し…

嵐山  Captain of the Ship  お前が舵を取れ

鎌倉時代、後嵯峨上皇が仙洞亀山御所を造営するときに、吉野の山桜の苗木を大量に移植します。この桜が満開になったとき、一陣のつむじ風が吹き、花びらが嵐のように飛び散りました。それを見た上皇は、御所のあるこの山を「嵐山」と命名します。以降、王朝…

高瀬川    水面に映る夕暮れの街並み

鴨川の西を流れる高瀬川には、桜並木や風にゆれる柳がよく似合います。高瀬川は木屋町通にそって流れていますが、三条から四条までの木屋町は京都有数の歓楽街です。ネオンサインが灯るBarから、ほろ酔いで窓を開けると高瀬川が流れていて、夜風が頬に少し冷…

落柿舎    松尾芭蕉が訪れた嵯峨野の里

落柿舎は、嵯峨野の里にある茅葺の小さな庵(いおり)です。松尾芭蕉の古くからの高弟である向井去来(きょらい)の別荘でした。 紀行文『奥のほそ道』で有名な江戸時代の俳諧師・松尾芭蕉は、1689年にはじめて落柿舎を訪れますが、その2年後再び訪れた…

インクライン 明りを灯す人  京都をささえる琵琶湖疏水

明治維新により都が東京に遷り、京都の中心部は人口が激減しました。京都市民は、精神面と経済面で動揺します。明治18年、京都の街を復興させるべく計画されたのが、琵琶湖疏水運河の開通です。 東山連峰をトンネルで貫いて、琵琶湖から京都市まで水を引く…

宇治橋  茶道発祥の京都に生まれた銘茶

宇治橋には、三の間とよばれる上流に向かって、少しせり出した空間があります。橋の西詰から、三つ目の柱の間にあることから三の間です。足下には、宇治川が流れこんできて、上流に目をやると槙尾山と朝日山にはさまれた狭い川幅から激流がほとばしり出てく…

鴨川   歌舞伎発祥の地 突っ張ることがたったひとつの勲章だった

平家物語の巻一に天下三不如意という逸話があります。絶大な権力を持った白河法皇が、「かも川の水、双六の賽(サイコロの目)、山法師(延暦寺の僧)、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたというのです。それくらい、かも川の水は何度も氾濫し、大雨が降る…