高山寺 「鳥獣人物戯画」 失われたエピローグ

謎多き国宝絵画

世界遺産・高山寺が所有する国宝絵巻「鳥獣人物戯画」。

漫画の元祖と名高いこの国宝戯画は、甲・乙・丙・丁という筆様の異なる4巻の絵巻で構成されています。

擬人化されたウサギやサル、カエルなどが自然の森の中で戯れるさまを描いた甲巻と、馬、牛、獅子などが写生的に表現された乙巻。

そして続く丙巻・丁巻は、あきらかに「後世に描き継がれた」と見られる筆様の異なる人物・獣物絵で表現されています。

つまり、4巻で一括りにされているものの、【甲・乙巻】と、【丙巻・丁巻】では、まったく異なった時代に制作されたものだったということがわかるのです。

【甲巻・乙巻】の成立は平安時代の12世紀中頃とされ、【丙巻・丁巻】が描かれた年代は、やや下って12世紀の末頃と想定されています。

作者は不明なのですが、当時の絵画界の中心にいたという、宮廷絵師や仏画を描く絵仏師たちであったろうと有力視されているんですね。

 

そして近世になり、老舗の京表具店による国宝修理の際に、驚くべきいくつかの新事実が発見されました。

まず一つが、全巻を通じて、あまり良質ではない紙が使用されていたということで、これは、必ずしも初めから本格的な制作を目指して取りかかった仕事ではなかったのだということを示唆しています。

一気呵成に描いたかのような軽やかさよって表現されている、そう、まるで息抜きついでに描かれたような筆使い。

緊張を強いられるように描かれた作品では決してないのですが、その抜群の描写力と表現力が、自然に画面に滲み出ているような作品なのです。

またもう一つは、4巻のうちの最初の巻である「甲巻」が、どうやら本来2巻であったものが1巻につなぎ合わされているという事実です。

甲巻は23枚の紙をつないで1巻としているのですが、巻頭の1紙から10紙までを一括り、11紙から23紙までを一括りとすることで、大きくふたつに分かれるように、あきらかに使用されている和紙や墨が異なり、筆致が微妙に違っていることが判明したのです。

4巻の「鳥獣人物戯画」は2巻づつで年代と作者が分かれ、さらに、そのうちの一つの甲巻ですらも元は二つに分かれていた作品だった。

おそらくこういった新事実の発見が出てくることが解明を困難にし、いまだにこの作品の作者を特定できない大きな要因となっているのではないでしょうか。

圧巻の描写 甲巻

甲乙丙丁の4巻からなる鳥獣戯画のなかでも最も注目されているのが、動物たちが愉快に戯れる姿が描かれたこの「甲巻」です。

そこでは、器物を野山の自然に発生しているものに置き換えて、当時の人々の行事を真似る動物たちのごっこ遊びが巧みに表現されています。

たとえば、平安時代に宮中での年中行事のひとつとされていた「賭弓(のりゆみ)」で競っているのはウサギとカエルです。

的の横には数差役のウサギとカエルが描かれ、火で的を照らすキツネがいる。すくっと立ち上がり弓を引き絞るウサギの姿など、何とも魅力的なシーンとして巧みに描かれています。

さらに最も有名な図が、ウサギとカエルの相撲一番勝負。仲間たちが声援を送るなか、2匹が、がっぷりと四つに組み合っている。

勢いあまったカエルがウサギの長い耳に噛みつくと、次の瞬間、勢いよくカエルがウサギを投げ飛ばします。

続いて、どうだとばかりに、歌舞伎役者のごとく見得を切っているカエルは口から気炎をあげ勝ち誇っているのです。

まさに現代の漫画やアニメーションを思わせる生き生きとした躍動感や滑稽味が楽しめるこの一幕は見るものを魅了してやみません。

                         *仰向けにたおれているカエル

ところが、物語が14紙、15紙のシーンに入ると、楽しそうな動物たちの遊びの空間に、突如、緊張が走ります。

群衆が囲むなか、四股を投げ出し大きなお腹をさらけ出して仰向けに倒れているカエルがそこにいるのです。

えっ、なに。いったい何があったのか。このカエルは殺されているのか。物語の読み手たちはこの場面によって、一転、暗澹とした気持ちに支配されることになるんですね。

事件解決の糸口となるのが、倒れているカエルの横に落ちている矢にも似た三つ葉なのでしょうか。

よく見ると、取り巻いている群衆のなかにいるウサギの腰に、同じような三つ葉の矢が隠すように携帯されているではありませんか。

また、駆け寄ってくるウサギたちの表情にも注目してみると、心配しているというよりは、まるで楽し気に笑っているかのようなのです。

模本から導かれる最後のシーン

絵巻は連続性の物語を持って展開されていくはずなのに、次の画面で全くストーリーがつながっていないのが甲巻の特徴です。ただ、これにはある大きな理由があります。

23枚の紙がつなぎ合わされて1巻とされている甲巻は、本来、もっとページ数が多い絵巻でした。

長い月日が経過すると、絵巻の紙同士を接着している糊が薄れて剥がれてしまうために、定期的に修復作業をしなければならないのですが、それには一度バラバラにしてつなぎ直さなければなりません。

その過程のなかで、途中のページを消失してしまったり、どこに入るのかがわからなくなってしまったものがあったのです。

つまり、現存の甲巻はそうした失われた部分を省いてまとめられているために、所々に場面のつながらないところが出てきているというわけなんです。

ただ、この鳥獣戯画については、長尾家旧蔵、住吉家伝来などと言われる「模本」がいくつも残されています。

これらは、途中のページが紛失されていない本来の姿である鳥獣戯画を複製したものなので、逆に、これを手掛かりにホンモノの分析がなされたということです。

特に有力な情報元となるホノルル美術館所蔵の「長尾家旧蔵模本」は、後世の室町時代にホンモノに忠実に描かれたとされていて、物語のエピローグを伝える決定的場面を見ることが出来ます。

それはカエルたちの天敵である「蛇」が草むらから出現するシーンです。

突如、出現した蛇に、それまで楽しそうに踊っていたカエルたちは、蜘蛛の子を散らすように慌てふためき逃げ出して行きます。

しかもその蛇は、軽いタッチで描かれたカエルやウサギとは違って、妙にきめ細かく描き込んだリアルな筆致で描写されているのです。

ホンモノの甲巻にはこのページは遺されていないのですが、忠実に模本されていると想定するなら、この場面はどういう解釈をすればいいのでしょう。

そう、恐らくこの「蛇」が象徴しているのは、平氏や源氏といった「武士」の出現なのではないでしょうか。

リアリズム、そう、現実主義というワードから連想されるのは、やはり「武士」という存在です。

カエル、ウサギ、サルが当時の公家や僧侶を擬人化したものとするならば、当然、「蛇」に対しても擬人化される対象が必要とされるはずです。

甲巻が描かれたのが12世紀の中頃から後半までとされるならば、まさにピッタリ一致するのが「武士」の台頭という、その頃の時代背景なんですね。