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子規の写生論  自己の表現位置の発見

日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治を代表する文学者の一人、正岡子規。

俳句、短歌の革新運動を進め写生論を提唱しました。

子規は「叙事文」という文章論で次のように述べています。

文章の面白さにも様々あれども、古文雅語などを用いて言葉のかざりを主としたるはここには言はず。将に作者の理想などたくみに述べて傾向の珍しきを主としたる文もここに言はず。ここに言はんと欲するところは、世の中に現れ来たる事物(天然界にても人間界にても)を写して面白き文章を作る法なり。

「実際の有のままを写す」手法を写実とも写生ともいう、と子規は言います。

写生という語からもわかるように、そこには絵画の影響が強く見られます。

絵画の手法というものが下敷きになっているその文語表現はいっそう具体的だと述べているんです。

そして、「ここには言はず」の例として、「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候」とまで言い放っているんですね。

子規にそこまで言い切れる自信をもたらしたものは、やはり、その自己の表現位置の発見だったといいます。

では、子規の傑作といわれる、見事なまでに自己の表現位置がしめされた3選を見てみましょう。

ガラス戸の外に据えたる鳥籠のブリキの屋根に月映る見ゆ

小庇にかくれて月の見えざるを一目を見むとゐざれど見えず

照る月の位置かはりけむ鳥籠の屋根に映りし影なくなりぬ

いかがでしょうか。ここでは表現位置というものと月、鳥籠の屋根、小庇などの位置関係が鮮明に歌を形づくっています。

じつはこれは、病に倒れていた子規の寝たきりの位置ということと深く関わっていて、この厳密な位置表現、その位置の表現は、子規が俳句、和歌の革新を志すなかで鍛えられたものなんですね。