139本の支柱に支えられた「清水の舞台」を本堂に持つ清水寺。
その本堂の内陣には、33年に一度しか開扉しない秘仏・十一面千手観音が安置されています。
「清水の舞台から飛び降りる」という言葉が有名なように、たしかに舞台から下をのぞきこむと臨場感があるんですね。
江戸初期に再建されたもので建築様式がそのまま使用されているので、かなり開放感を感じます。
その創建はいつなのか、ハッキリとされてはいないのですが、室町時代の画家・土佐光信の描いた「清水寺縁起絵巻」では舞台造りが描写されているので、もうそのころには当初のスタイルだったようです。
さらに、平安時代後期の蹴鞠の名人・藤原成通の日記に、「蹴鞠を蹴りながら舞台の欄干を渡った」と記されていて、形は違えども、舞台の存在そのものは平安時代中期まで遡ることができるんです。
舞楽を奉納するための本当の舞台なので、両脇に雅楽を演奏する人の席もちゃんと用意されています。
あくまでも、舞を見るお客さまは内陣にいる神様、仏様です。それは、内陣に向かって舞い、演奏されるためのもので、人が見るための舞台ではないんです。
もし、仏様の視点で内陣から舞を見ることができるなら、その舞台ごしの背景に京都の街並みが開けているわけで、ものすごい贅沢なシュチエ―ションです。ちょうど、遠く対面にある奥の院から真逆の視点で舞台を見ることはできるんですけどね。
ドローンが飛び交う現代、あらためて、あの絶壁の場所に巨大な舞台を作り上げるという発想の芸術的センスが絶賛されているわけなんですが、歴史がありすぎて、誰の構想でどういうふにできたかということは謎ですし、調べるにも調べようがないというのが現状です。

1年中、人の行き交いが途絶えない清水寺なのですが、舞台にたどり着くまでのアプローチが大きな魅力となっているのは間違いありません。
石畳のゆるやかできつくない清水坂の両側には土産屋が並んでいて、だらだら歩いていても飽きることはなく、興味をそそられます。
いつのまにか視界は開けてきて、目の前に仁王門が突如現れます。背景の山並みが借景になっていて、その古色具合がまたいいんです。でも、まだ舞台は視界に入ってはきません。今度は石の階段を登り、三重塔、隋求堂を横目に舞台を目指します。
この観光コースはそれこそ江戸時代から庶民たちの楽しみであったでしょうし、その満足度は脈々と受け継がれているのです。
京都の三大観光名所は、この清水寺と金閣寺、そして嵐山と言われています。それに続く人気スポットでいうと、伏見稲荷、宇治平等院、南禅寺の水路閣といったところでしょうか。