清凉寺  嵯峨釈迦堂  もしも想夫恋が聴けるなら

寛平6(894)年に遣唐使が停止されてから約1世紀後、東大寺の僧である奝然(ちょうねん)が、密教を研究するために中国(宋)主要部へ向かいます。それは、古代日本人の最大の旅行記といわれ、その期間は約20ヶ月におよびました。 奝然は、江南の台州…

嵐山  Captain of the Ship  お前が舵を取れ

鎌倉時代、後嵯峨上皇が仙洞亀山御所を造営するときに、吉野の山桜の苗木を大量に移植します。この桜が満開になったとき、一陣のつむじ風が吹き、花びらが嵐のように飛び散りました。それを見た上皇は、御所のあるこの山を「嵐山」と命名します。以降、王朝…

高瀬川    水面に映る夕暮れの街並み

鴨川の西を流れる高瀬川には、桜並木や風にゆれる柳がよく似合います。高瀬川は木屋町通にそって流れていますが、三条から四条までの木屋町は京都有数の歓楽街です。ネオンサインが灯るBarから、ほろ酔いで窓を開けると高瀬川が流れていて、夜風が頬に少し冷…

方広寺    ほんの一瞬だけ輝いた 黄金の大仏

慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は日本の支配権を手に入れます。秀頼の代になっていた豊臣家は、わずか60万石の大坂の一大名に転落しました。用心深い家康は関ヶ原に勝利しても安心出来ず、しおれた花に足を踏んづけるように、無理…

六波羅蜜寺  市の聖  そんなあなたになりたくて

平安時代の半ば、京の町に流行していた疫病に立ち向かう一人の聖(ひじり)がいました。その人は、空也(くうや)。自ら刻んだ十一面観音像を車に乗せ洛中を引き回し、念仏を唱えて病魔を鎮めます。 この時、野生の茶を霊水で煎じて、小梅干しと結び昆布を入…

落柿舎    松尾芭蕉が訪れた嵯峨野の里

落柿舎は、嵯峨野の里にある茅葺の小さな庵(いおり)です。松尾芭蕉の古くからの高弟である向井去来(きょらい)の別荘でした。 紀行文『奥のほそ道』で有名な江戸時代の俳諧師・松尾芭蕉は、1689年にはじめて落柿舎を訪れますが、その2年後再び訪れた…

南の風は俺にどういうの

はてなブログ 今週のお題 【海】 海と言えば、やはり渚でいい音楽が聴きたいと思います。それも、やっぱり邦楽、できれば80年代から90年代がいいですね。王道は桑田佳祐の曲だけど、矢沢永吉、稲垣潤一、鈴木雅之なんかも雰囲気があります。 京都市生ま…

高桐院  スピルバーグが絶賛した竹林に囲まれた名刹

高桐院は、竹林に囲まれた、大徳寺の塔頭寺院です。苔の庭の中を歩く、書院に続く1分ほどの小径があります。これが、有名な高桐院のアプローチで、スピルバーグが立ち止まり感激し絶賛した場所です。 そして、静寂に包まれた本堂の前庭は、敷き詰められた苔…

光悦寺    洛北 鷹ヶ峰に築かれた芸術の里

光悦寺は、左大文字山の北に位置する鷹ヶ峰にあります。光悦とは本阿弥光悦のことですが、彼は、茶道、書、陶芸、彫刻、漆絵とオールラウンドに才能を発揮する文化人でした。1615年、徳川家康から、この鷹ヶ峰の地を与えられ、芸術家や工芸職人を集めて…

インクライン 明りを灯す人  京都をささえる琵琶湖疏水

明治維新により都が東京に遷り、京都の中心部は人口が激減しました。京都市民は、精神面と経済面で動揺します。明治18年、京都の街を復興させるべく計画されたのが、琵琶湖疏水運河の開通です。 東山連峰をトンネルで貫いて、琵琶湖から京都市まで水を引く…

地蔵院    竹の寺 隠れた名刹 ここだけの話

「竹の寺」とよばれる地蔵院は、京都市の文化財環境保全地区に指定されている、臨済禅宗寺院です。1367年に室町幕府、管領の細川頼之が創建し、細川家の庇護のもと北朝系の天皇の勅願時にもなり、17万平方メートル(甲子園球場が4つ入る広さ)の境内…

万福寺  布の大きい袋に理屈も知識もしまい 笑う布袋さん

日本のなかの中国といわれている、宇治にある万福寺。禅宗は臨済宗、曹洞宗、黄檗宗(おうばくしゅう)と三宗ありますが、万福寺は黄檗宗の大本山です。宗祖は、中国の明末の禅僧だった隠元隆琦(りゅうき)で、1661年に開かれました。 明の様式をそのま…

広隆寺  微笑み弥勒 泣き弥勒 ふたつの半跏思惟像  

広隆寺の歴史は推古天皇の時代、603年に秦河勝(はたかわかつ)が聖徳太子から、一体の仏像を賜り、それを本尊として寺を建立したことから始まります。広隆寺のある太秦(うずまさ)という地域は、有力氏族である秦氏が支配していました。 京都フリー写真…

宇治橋  茶道発祥の京都に生まれた銘茶

宇治橋には、三の間とよばれる上流に向かって、少しせり出した空間があります。橋の西詰から、三つ目の柱の間にあることから三の間です。足下には、宇治川が流れこんできて、上流に目をやると槙尾山と朝日山にはさまれた狭い川幅から激流がほとばしり出てく…

鴨川   歌舞伎発祥の地 突っ張ることがたったひとつの勲章だった

平家物語の巻一に天下三不如意という逸話があります。絶大な権力を持った白河法皇が、「かも川の水、双六の賽(サイコロの目)、山法師(延暦寺の僧)、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたというのです。それくらい、かも川の水は何度も氾濫し、大雨が降る…

妙心寺  最大の宗派になった「そろばんづら」

妙心寺は京都、花園の地に広大な境内を持ち、町の日々のたたずまいの中にとけこんでいます。500メートル平方の境内の中は、北の門から南の門まで、誰でも自由に通り抜けることが出来ます。自転車で走り抜ける人や、ゆっくりと歩いてくる人。静かな石畳の…

東本願寺   京都タワーはお東さんのロウソクみたいなもん

京都駅前にそびえている京都タワーは、昭和39年に建てられました。古い都、伝統の街としての京都を大切に思ってきた人たちは、けったいな塔の出現を憎みました。ですが、しばらくすると「まあ、よう見ると、お東さんにそなえられたロウソクみたいやな。」…

延暦寺 信長によって荒廃した寺を再興させた天海   

延暦寺のある比叡山は標高850メートルたらず、日本の山としてはそれほど高くありませんが、京都市内が足下によく見渡せます。西側はかなり急な斜面で、東側はいくつかの平坦面を持ち、ややゆるやかです。それは、自然の山城のようで、どんな外敵もこの山…

上賀茂神社    岩倉具視が復活させた葵祭

賀茂川上流にある御園橋(みそのばし)を渡ると、奥に上賀茂神社がしずまっているのが見えます。それは、王朝時代が再現されているようで、青い杉の木立に丹塗りの鳥居と殿舎が立ち並んでいます。 神社建築の丹塗りは、緑の山や林に目に鮮やかな配色効果をも…

西本願寺    違いは桃山時代の国宝建築があること

西本願寺は浄土真宗本願寺派の総本山で、1591年に豊臣秀吉の寄進によって壮大な規模の土地をあたえられ、現在の堀川六条に移転しました。織田信長は本願寺と敵対関係にあり、石山本願寺の地を手にするため、約11年におよぶ攻撃をおこなって撤退させて…

東寺     都会のビル群にそびえる五重塔

真言宗総本山、東寺(教王護国寺)は794年の平安遷都にともなって建立された密教寺院です。823年に弘法大師・空海が嵯峨天皇より賜りました。平安時代の雰囲気を今でも色濃く残していて、空海にまつわる数多くの貴重な文化財が、1200年にわたり大…

下鴨神社    水の神がいる裁判発祥の地 糺の森

京都にある上下の両賀茂神社は、伊勢神宮と並んで皇室からもっとも崇敬されてきました。賀茂社の神に対する崇敬が特に厚くなったのは、桓武天皇の794年平安遷都からです。 賀茂社を司っていたのは、京都の東北に居を構える賀茂氏ですが、東南と西南に居を…

清水寺    京都のシンボライズ 清水の舞台

清水寺の本堂にある「清水の舞台」は、まさに京都を象徴する存在で、この舞台から見る絶景を目当てに年間400万の人びとが訪れます。創建以来、数々の焼失と再建を繰り返してきましたが、現在の本堂は1633年に再建されたものです。舞台の床は厚さ10…

龍安寺    女王も絶賛した謎めいた石庭

龍安寺の方丈南側には、世界的に名高い枯山水庭園の石庭があります。三方を油土塀で囲み、横幅25メートル、立幅10メートル余りの長方形の白砂の庭に15個の石が5・2・3・2・3に配置されています。このような禅の庭は、水を使わずに白砂や石だけで…

詩仙堂    石川丈山が住んだ洛北の仙境

洛北の一乗寺下り松という場所にある名勝詩仙堂は、石川丈山(じょうざん)が晩年の31年間を過ごした建物です。丈山がこの場所を選んで造営、移住したのが江戸時代初期の1642年、59才のときです。建物は一階は蜂要(ほうよう)といい、二階は吐月楼…

勧修寺    江戸時代の宮殿建築が並ぶ門跡寺院

京都には、皇室と深いつながりを持ち、存続してきた寺院が多くあります。いわゆる門跡寺院ですが、それがよく分かる特徴が、御所の旧建造物が移された堂宇です。勧修寺も、典型的な宮殿建築群で知られています。 古代から、あとを継承される天皇はただ一人で…

桂離宮   琥珀の月が桂川の水面に映る 観月の日本庭園

桂離宮は八条宮家の別荘として江戸初期に造られた、中央に心字池があり、その周りに茶亭や書院を配置した回遊式庭園です。 趣向をこらした建築群が並んでいますが、その中の古書院に、観月のための月見台があります。もともと、桂は古来より月の名所と知られ…

西芳寺(苔寺)  奇跡の庭  苔の生育に必要なすべての条件がそろった場所

紅葉の時期、掃いても拾っても追いつかないほど落葉は降ってきます。そんな中、お寺の方が苔の上に散った洛葉を、一枚ずつ手で取って拾われていました。おもてなしの心を感じながら、黄金池を中心とする下段の庭を歩いた思い出があります。 苔寺と通称をもつ…

平安神宮    再現された ありし日の平安京

小説「古都」の冒頭で、千重子は真一と平安神宮のしだれ桜の前で待ち合わせをします。千重子は桜を見て、京都の春に出会ったと感じます。桜の見どころで有名な平安神宮は、明治28(1895)年に創建されました。 平安遷都千百年祭の記念殿として建てられ…

法観寺ー八坂の塔   傾いた五重塔を真っ直ぐに戻した住職

祇園・八坂神社前の東大路という大通りから、路地(ろおじ)を曲がると八坂の五重塔が目の前に迫ってきます。法観寺という臨済宗建仁寺派の塔頭の一つです。※ 京都では(ろじ)と言わず(ろおじ)と発音します。 法観寺に伝わる「仏舎利塔記」によると、聖徳…