離宮・城

二条城障壁画  御用絵師 狩野家

ただひとつだけ遺された将軍の住居 戦国時代以降、城郭造営はいちじるしく発展をとげました。 鉄砲の伝来によって戦争の在り方が大きく変わったこともあり、天下統一を目論む武将たちが、攻防戦によるその効用を重視したからです。 そして、安土桃山時代から…

伏見城  鳥居元忠の覚悟 最後の攻防戦

激戦地 伏見城 慶長5(1600)年、関ケ原の戦いに突入するころ、京都・木幡山にある伏見城は、前哨戦とされる激戦地になっていました。 徳川家康がその生涯で最も信頼したという老臣・鳥居元忠(もとただ)。 そんな元忠を総司令として伏見城を占拠する…

水の都  扉を開けたら 霧雨のなかの平安京 

それは歴史的発見 平成11年、神泉苑にほど近い京都市立西京商業高校のグラウンドが発掘され、極めて貴重な遺跡が発見されました。 それは平安時代の寝殿造り、貴族の邸宅と池泉庭園が、そっくりそのままの形で姿を現したのです。 池の大きさは、東西15メ…

もうひとつの伏見城  リバーサイドの城郭 月の色をもらって

川面に映える名月 指月城 伏見山の西南に、「指月(しげつ)の森」と呼ばれる小さな丘があります。 そこは、宇治川を臨む風光に恵まれた場所で、大坂と京都をおさえる重要な要衝でもありました。 川面が映しだす月の色をもらうために、豊臣秀吉はこの地に指…

二条城  なんで都にお城が建ってんのやろ  

なぜ元離宮と呼ばれるのか 明治元(1868)年2月3日、二条城に明治天皇が行幸されて、城内・白書院で徳川幕府討伐の詔(みことのり)を発せられました。 薩長を中心とした討幕軍は江戸に進発します。そう、遡ること260年前に、徳川家康が京での幕府…

桂離宮   琥珀の月が照らす日本庭園

月の名所 桂川のほとり 八条宮家の別荘として江戸初期に造られた桂離宮は、心字池を中央とする周りに茶亭や書院を配置した回遊式庭園です。 趣向をこらした建築群が並んでいるのですが、その中の古書院に観月のための月見台があるのが特徴です。 もともと、…

修学院離宮   自然豊かな帝王の山荘  

田園の風景の中に建物が優雅に建ち並ぶ 後水尾院によって江戸時代初期の1655年頃から着手された修学院離宮は、足かけ20年を費やして作られました。 かなり規模が大きなこの庭園は、上・中・下の各山荘によって構成されています。そして、各山荘は田園…