西芳寺(苔寺)  奇跡の庭  苔の生育に必要なすべての条件がそろった場所

 

紅葉の時期、掃いても拾っても追いつかないほど落葉は降ってきます。そんな中、お寺の方が苔の上に散った洛葉を、一枚ずつ手で取って拾われていました。
おもてなしの心を感じながら、黄金池を中心とする下段の庭を歩いた思い出があります。

苔寺と通称をもつ西芳寺は、京都の西山エリアにあります。平安時代のおわりごろから、浄土信仰の寺として起こり、時代の流れで衰退していたのを、1339年に禅僧の夢窓国師(むそうこくし)が中興しました。

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夢窓国師は芸術的な才能を持ち、芸術を通じて禅を表現する道を大きく開きました。庭、茶、書画、能という諸芸に優れ、弟子はもちろん、貴族からも庶民からも強く慕われた高僧でした。

その国師が手掛けた西芳寺の庭は上下2段からなり、上段は枯山水庭園で、下段は黄金池を中心とした池泉回遊式庭園です。庭の、いたる所に緑艶やかな色彩の苔が張り付いているので、苔寺と呼ばれています。この庭の苔のうち、120種ほどは名がわかっていますが、解明されていない種も、まだかなりあるそうです。
では、これほどの苔の群落がなぜ出来たのか、またいつ頃から生えてきたのでしょうか。

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苔は胞子(ほうし)が飛ぶので、かなり遠いところからでも、群落に適したところへ集まってきます。
地元でよく聞く説明によると、この一帯の土質は酸性度が低く、一定の湿気があり透水性もあって、窪地で風あたりは強くありません。さらに北をさえぎられて暖かく、西に山があるので西陽がはいりません。適当な樹葉の影があり、川の縁で空気もよく通ります。すべてにおいて、苔の生育に必要な条件が揃っている奇跡の場所なのです。

そして、西芳寺の苔は江戸時代中期頃から生えてきたと言われています。ですが、明治33年の地名辞書に載っている、山城葛野群の西芳寺の説明には「苔寺」とは出ていません。かなり、細密な説明なのに苔の部分は強調されていませんでした。おそらく、この時点では寺の通称にするほど目立ってなかったのでしょう。