宇治橋  茶道発祥の京都に生まれた銘茶

宇治橋には、三の間とよばれる上流に向かって、少しせり出した空間があります。橋の西詰から、三つ目の柱の間にあることから三の間です。足下には、宇治川が流れこんできて、上流に目をやると槙尾山と朝日山にはさまれた狭い川幅から激流がほとばしり出てく…

鴨川   歌舞伎発祥の地 突っ張ることがたったひとつの勲章だった

平家物語の巻一に天下三不如意という逸話があります。絶大な権力を持った白河法皇が、「かも川の水、双六の賽(サイコロの目)、山法師(延暦寺の僧)、是ぞわが心にかなわぬもの」と嘆いたというのです。それくらい、かも川の水は何度も氾濫し、大雨が降る…

妙心寺  最大の宗派になった「そろばんづら」

妙心寺は京都、花園の地に広大な境内を持ち、町の日々のたたずまいの中にとけこんでいます。500メートル平方の境内の中は、北の門から南の門まで、誰でも自由に通り抜けることが出来ます。自転車で走り抜ける人や、ゆっくりと歩いてくる人。静かな石畳の…

東本願寺   京都タワーはお東さんのロウソクみたいなもん

京都駅前にそびえている京都タワーは、昭和39年に建てられました。古い都、伝統の街としての京都を大切に思ってきた人たちは、けったいな塔の出現を憎みました。ですが、しばらくすると「よう見ると、お東さんにそなえられたロウソクみたいやな。まぁええ…

延暦寺 信長によって荒廃した寺を再興させた天海   

延暦寺のある比叡山は標高850メートルたらず、日本の山としてはそれほど高くありませんが、京都市内が足下によく見渡せます。西側はかなり急な斜面で、東側はいくつかの平坦面を持ち、ややゆるやかです。それは、自然の山城のようで、どんな外敵もこの山…

上賀茂神社    岩倉具視が復活させた葵祭

賀茂川上流にある御園橋(みそのばし)を渡ると、奥に上賀茂神社がしずまっているのが見えます。それは、王朝時代が再現されているようで、青い杉の木立に丹塗りの鳥居と殿舎が立ち並んでいます。 神社建築の丹塗りは、緑の山や林に目に鮮やかな配色効果をも…

西本願寺    違いは桃山時代の国宝建築があること

西本願寺は浄土真宗本願寺派の総本山で、1591年に豊臣秀吉の寄進によって壮大な規模の土地をあたえられ、現在の堀川六条に移転しました。織田信長は本願寺と敵対関係にあり、石山本願寺の地を手にするため、約11年におよぶ攻撃をおこなって撤退させて…

東寺     都会のビル群にそびえる五重塔

真言宗総本山、東寺(教王護国寺)は794年の平安遷都にともなって建立された密教寺院です。823年に弘法大師・空海が嵯峨天皇より賜りました。平安時代の雰囲気を今でも色濃く残していて、空海にまつわる数多くの貴重な文化財が、1200年にわたり大…

下鴨神社    水の神がいる裁判発祥の地 糺の森

京都にある上下の両賀茂神社は、伊勢神宮と並んで皇室からもっとも崇敬されてきました。賀茂社の神に対する崇敬が特に厚くなったのは、桓武天皇の794年平安遷都からです。 賀茂社を司っていたのは、京都の東北に居を構える賀茂氏ですが、東南と西南に居を…

清水寺    京都のシンボライズ 清水の舞台

清水寺の本堂にある「清水の舞台」は、まさに京都を象徴する存在で、この舞台から見る絶景を目当てに年間400万の人びとが訪れます。創建以来、数々の焼失と再建を繰り返してきましたが、現在の本堂は1633年に再建されたものです。舞台の床は厚さ10…

龍安寺    女王も絶賛した謎めいた石庭

龍安寺の方丈南側には、世界的に名高い枯山水庭園の石庭があります。三方を油土塀で囲み、横幅25メートル、立幅10メートル余りの長方形の白砂の庭に15個の石が5・2・3・2・3に配置されています。このような禅の庭は、水を使わずに白砂や石だけで…

詩仙堂    石川丈山が住んだ洛北の仙境

洛北の一乗寺下り松という場所にある名勝詩仙堂は、石川丈山(じょうざん)が晩年の31年間を過ごした建物です。丈山がこの場所を選んで造営、移住したのが江戸時代初期の1642年、59才のときです。建物は一階は蜂要(ほうよう)といい、二階は吐月楼…

勧修寺    江戸時代の宮殿建築が並ぶ門跡寺院

京都には、皇室と深いつながりを持ち、存続してきた寺院が多くあります。いわゆる門跡寺院ですが、それがよく分かる特徴が、御所の旧建造物が移された堂宇です。勧修寺も、典型的な宮殿建築群で知られています。 古代から、あとを継承される天皇はただ一人で…

桂離宮   琥珀の月が桂川の水面に映る 観月の日本庭園

桂離宮は八条宮家の別荘として江戸初期に造られた、中央に心字池があり、その周りに茶亭や書院を配置した回遊式庭園です。 趣向をこらした建築群が並んでいますが、その中の古書院に、観月のための月見台があります。もともと、桂は古来より月の名所と知られ…

西芳寺(苔寺)  奇跡の庭  苔の生育に必要なすべての条件がそろった場所

紅葉の時期、掃いても拾っても追いつかないほど落葉は降ってきます。そんな中、お寺の方が苔の上に散った洛葉を、一枚ずつ手で取って拾われていました。おもてなしの心を感じながら、黄金池を中心とする下段の庭を歩いた思い出があります。 苔寺と通称をもつ…

平安神宮    再現された ありし日の平安京

小説「古都」の冒頭で、千重子は真一と平安神宮のしだれ桜の前で待ち合わせをします。千重子は桜を見て、京都の春に出会ったと感じます。桜の見どころで有名な平安神宮は、明治28(1895)年に創建されました。 平安遷都千百年祭の記念殿として建てられ…

法観寺ー八坂の塔  傾いた五重塔を真っ直ぐに戻した住職

祇園・八坂神社前の東大路という大通りから、路地(ろおじ)を曲がると八坂の五重塔が目の前に迫ってきます。法観寺という臨済宗建仁寺派の塔頭の一つです。※ 京都では(ろじ)と言わず(ろおじ)と発音します。 法観寺に伝わる「仏舎利塔記」によると、聖徳…

泉涌寺  遠い大陸の果てからやってきた文化財がある大伽藍

泉涌寺は大門をくぐると、坂の上から伽藍(がらん)を見下ろす配置になっています。ゆるやかな下り坂の向こうに、黒光りした本瓦の屋根の、重くずっしりとした仏殿が目に映ります。緑に囲まれた広く白い窪地の庭に、建物が沈んだように見える不思議で魅力的…

修学院離宮   自然豊かな帝王の山荘  忘れることは許すこと

修学院離宮は、後水尾法皇によって江戸時代初期の1655年頃から着手され、足かけ20年を費やして作られました。かなり規模が大きく、その庭園は、上、中、下の各山荘によって建てられています。各山荘は田園の中を道でつないであります。後水尾天皇のた…

真如堂    女性たちに「心配しないで」と優しい表情を見せる阿弥陀さま

銀閣寺と南禅寺を結ぶ「哲学の道」の近くに、神楽岡(かぐらおか)という静寂に包まれた場所があります。真如堂は神楽岡にある古い歴史を持つお寺ですが、正式名は鈴聲山真正極楽寺(れいしょうざんしんしょうごくらくじ)といいます。鈴聲山という山号は、…

知恩院    大晦日につかれる巨大な鐘と日本最大の三門

1922年、物理学者のアインシュタインは、知恩院の鐘の中に潜り込んでいました。日本最大級の大きさといわれる知恩院の梵鐘。一度つくと、その音の余韻は20分近く続きます。ですが、鐘の真下に立つと、不思議なことにその音が消えて聞こえなくなるとい…

一休寺   「雨が降ろうが風が吹こうが 気にしない気にしない。」

「酬恩庵」一休寺。一休禅師が荒れ果てていた寺を1456年に復興させました。一休は、ここで後半生の生涯を送りながら、応仁の乱で全焼した大徳寺を見事に再建させ、81歳で大徳寺住職となった時も、この寺から通っていました。 一休宗純という人物の風狂…

醍醐寺    京都でいちばん古い五重塔

千年前に建てられた幻想的な宗教建築物 京都で有名な塔といえば、やはり東寺の五重塔ですが、京都でいちばん歴史ある古い塔は醍醐寺の五重塔です。東寺の塔は4回も火災に遭い、現在の塔は江戸初期の1644年に建てられたものです。それに対して醍醐寺の塔…

高山寺 国宝「鳥獣人物戯画」はなぜこの寺に伝わったのか 

高山寺は京都にある世界遺産のひとつで、人里離れた栂尾の地にあります。高山寺には石水院という国宝がありますが、これは明恵という僧の住房だった建物です。1218年に後鳥羽上皇から学問所として贈られたものを明恵が高山寺に移しました。建て替えや改…

神護寺    紅葉の名所  高尾に残る威容を誇る寺

荒ぶる魂で寺を再興させた怪僧 その荒れ放題の寺からは、何から何まで寺宝はすべて持ち去られていました。ただひとつ残った薬師如来立像も雨ざらし野ざらしの状態です。堂宇の破れた屋根のすきまから月光が、この如来像の横顔にふりそそいでいました。 空海…

北野天満宮   菅原道真公と参道にすわりこんだ十体の牛

参道にいる撫で牛は座り込んでいる 日本の神社は、古来より巨木の繁るうっそうとした森に囲まれた場所にあったので、必ず神の使いの動物がいました。これは日本の「神道」の原型といわれています。 北野天満宮では牛の信仰があり、そこから派生して撫で牛が…

三千院   見どころはやはり往生極楽院! 巨大な阿弥陀さまが目の前に現れる

苔の庭の杉木立の中に建つお堂 往生極楽院の中に入ると、あっと驚かされます。外からは想像出来ないような大きな阿弥陀如来坐像が、こちらに向かって迫ってくるように安置されているからです。阿弥陀さまの頭は、天井にぎりぎりつかえそうになっています。天…

平等院   鳳凰堂 それは飛ぶ鳥の形をした建物

鳥の姿を池の水に映す極楽浄土 その建物は、南北翼廊を左右の翼になぞらえ、真ん中の阿弥陀堂をまさに鳥の顔に見立てています。よく見ると阿弥陀様の目は鳥の目であり、その上には鳥の鶏冠のようなものが乗っています。尾廊は長く池を横切って裏山に通じてい…

養源院  俵屋宗達の残した杉戸絵

豊臣家により創建され徳川家によって再建された寺 養源院は文禄3(1594)年に豊臣秀吉の側室淀殿の願いによって、彼女の父、浅井長政および祖父久政の追悼の寺として建てられました。戦国期の北近江の大名であった浅井長政は、妻お市の方の兄にあたる織…

大覚寺   京都に意外と少ない 宮廷の美学を感じられる皇族の寺

嵯峨天皇の離宮から仏寺に 大覚寺のある嵯峨は、平安時代初期に嵯峨天皇の離宮「嵯峨院」があり、譲位後も仙洞御所として住まれていた場所です。嵯峨天皇の没後、皇女の正子内親王が嵯峨院を寺にあらため、876年に清和天皇から大覚寺の寺号を賜りました。…