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京都観光案内 それをわかりやすく伝えるために奮闘する文章研究の日々

日本語の作文技術  よく柿食う客がとなりの客だ

ちょうど3年くらい前にブログを始めたのですが、出来上がったものを読んで愕然としたのを覚えています。

タドタドしいといいますか、言葉足らずといいますか、とにかく読めたもんじゃなかったのです。

今もたいして進歩していないのですが、なんとなく助詞の使い方くらいは理解出来てきたのではないのかなとは思えるようにはなりました。

これではダメだ。なんとしても、上手く伝えられる文章が書けるようになりたい。出来れば読み手がスラスラと流れるように読める文章を書ける人になりたい。

当時、そう思った私は、文章表現を上達させることが出来ると謳われている書籍を片っ端から読み漁りました。

そして気づいたのですが、多くの著者たちは「文章を上達させるにはこうすればいいのだ。なんて大それたことはとても言えませんが、この本が少しでも参考になれば」という謙虚な言葉とともに、自身がおススメする文章上達のための必衰本を紹介しているんですね。

すると、どの本にも必ず紹介されている一冊の参考文献に気づいたのです。

それは、本多勝一さんの「日本語の作文技術」という本でした。

全巻を通読しなくてもいい、第1章から第4章まで読めば、それだけで確実にあなたの文章力は良くなると書かれていて、大手新聞記者や上質のライターたちが必ず一度は目を通しているスゴイ本なのだと推薦されているのです。

あの筑紫哲也さんも生前、「なぜこの本がいつまでも読み継がれているのか、考えてみてほしい」と、この「日本語の作文技術」を絶賛しています。

実際読んでみて、これは凄いとすぐに理解できたのが読点「、」の打ち方でした。

文章を書く際に、句点「。」というのは小学生にも打てるが、読点を使いこなすにはそれなりの修練が必要なのだと主張する本多さんは、あまりにも無頓着に「、」が打たれている書物が世の中に多すぎることを嘆いています。

世に出ている文章表現入門書の中には、「読点「、」は息継ぎをするところで打て」と教えているものもあります。

息継ぎをするところで「、」を打つということは、文意が個人の肺活量に左右されるということになります。とんでもないことですよね。

本多さんによると、「、」を打つときの原則はたったの二つだそうです。

 

第一原則  長い修飾語が二つ以上あるとき、その境界に「、」を打つ。

 

つまり、長い修飾語がひとつしかないときには文に「、」は要らないのです。

また、その一番長い修飾節を、まず文の最初にもってくるということです。(これを原則的語順といいます)

例えば、 【私が震えるほど大嫌いなAを私の親友のBにCが紹介した。】

という文の場合、 

私が 震えるほど 大嫌いな Aを(4文節)  

私の 親友の Bに(3文節)  

Cが(1文節)  紹介した。    

というように、(4文節)(3文節)(1文節)と、頭でっかちの順に並んで文が構成されていたなら「、」は要らないのです。

もしこれが、

私が 震えるほど 大嫌いな Aを(4文節)

私の 幼少からの 親友である Bに(4文節) 

Cが(1文節)   紹介した。    という文になるときに初めて、

【私が震えるほど大嫌いなAを、私の幼少からの親友であるBにCが紹介した。】

というように「、」が必要になるということです。

【】内を読み比べてみると、文に「、」がないほうがスラスラと読めることが分かるのではないでしょうか。

 

第2原則  原則的語順が逆順の場合に「、」を打つ。

 

ただ、どうしても私たち日本人は、「が」という主語や「は」という主題を文の冒頭にもってこようとします。

【Cが、私が震えるほど大嫌いなAを私の親友のBに紹介した。】

そう、つまり1文節でしかない「Cが」を、あくまでも文の頭に持ってこようとすると逆順になってしまうんですね。

だからここで「、」を打たなければならなくなってしまうということなんです。

でも、文としてこれは美しくないと本多さんは言います。「Cが」のつぎに、文の頭にいきなり「、」が打たれて、ハナっから躓いているからです。

文のなかに「、」が少なければ少ないほど、その文意はリズムに乗って流れていきます。

そして、それは自然と次の文にまで繋がっていき、文脈にまで影響を与えることとなって、文章全体が綺麗に流れていくことになるのです。

 

そんな風に考えていたら、ふと、

【となりの客はよく柿食う客だ】

という早口言葉が私の脳裏をよぎりました。

となりの客は(2文節)、よく柿食う客だ(3文節)というように逆順なので、本来なら【となりの客は、よく柿食う客だ】と、「は」のあとに「、」が必要なはずです。

だから「、」にリズムを崩され、私たちはこの早口言葉をよく噛んでしまうのです。うまく早口でしゃべることが出来ない。(笑)

そうなんです、客、柿、客、と言葉が続くからという理由だけで噛むわけでは決してなかったのです。

つまり、これを、

【よく柿食う客がとなりの客だ】

と顕題文から陰題文に転換させてしまうと、なんと、(3文節)(2文節)という原則的語順になり、「、」で躓くことなく噛まないでスラスラと言えるのではないかと気づいたのです。

結果はまさに思った通りでした。【よく柿食う客がとなりの客だ】と唄えば、スラスラとどこまでも噛むことなく早口言葉を繰り返し続けていくことが出来るのです。