広隆寺 弥勒菩薩半跏像  口もとにたたえるアルカイック・スマイル

日本美術を守ったフェノロサ

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明治初期、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる奈良・京都では多くの仏像や仏画が犠牲となっていました。

奈良・京都を頻繁に訪れていた東京大学教授のアーネスト・フェノロサは、これに強い危機感を抱きます。

この頃、フェノロサとその教え子である岡倉天心たちは、それらの文化財を保護するために懸命に奮闘していたのです。

彼らの地道な努力は明治政府を動かし、やがて宝物取調局が宮内庁に設定、古社寺保存法が制定されました。

さらに、その流れは国宝保存法につながっていき、貴重な国家的財産は、国宝の名のもとに保存されていくことになります。

近代日本に国宝という概念をもたらしてくれたアーネスト・フェノロサ。

真っ先に、その記念すべき指定一号となった文化財とはいったいどんな作品だったのでしょうか。

それはアルカイックスマイル

太秦の古刹・広隆寺の寺宝、弥勒菩薩半跏像。

それは、広隆寺を創建した渡来系豪族である秦氏が聖徳太子から賜った、当時の本尊だったと伝わる宝冠の弥勒像であり、彫刻の部で国宝指定第一号となった仏像です。

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像高84・2センチでアカマツの一木造り。本来は金箔が施されていたことが、腹部に微かに残されたあとで確認することができます。

釈迦の入滅後から516億7千万年後にこの世に出現することを約束された未来の光を放つ弥勒菩薩。

衆生を救うためのいいアイデアが浮かび、やさしく微笑むその表情は、アルカイック・スマイルと呼ばれています。

一木造りという技法

飛鳥時代につくられた木像は、中宮寺の伝如意輪観音や法隆寺の救世観音などのようにクスノキ材が多く使われています。

なので、同じ時代につくられた広隆寺の弥勒菩薩像もクスノキ材で制作されていると思われていました。

でもそうではなかったのです。第二次世界大戦後に、この弥勒菩薩は朝鮮系のアカマツ材であることが発見されたのです。

つまり、秦氏の故郷である朝鮮半島から取り寄せられた材木を、聖徳太子の指示により日本の仏師が制作したということです。

それは、向こうの御神木とか霊木といわれる大切な材木であったので、一木造りという丸ごと一体くりぬく技法で、木の幅が足りなくなる限界まで目いっぱい彫り抜かれつくられたのです。

そう、霊木ならば、ちょっとした木片までも粗末にできないと当然考えられたからなんですね。

でも、ここで、もうひとつ新たな疑問がでてきます。

いやいや、それなら朝鮮半島でつくって日本へ運ばれたかもしれないじゃないかという推測です。

ただ、この弥勒菩薩像は一木で彫り出した部分以外に、両足の指の部分、腰の綬帯(じゅたい)など足りない部分にクスノキ材が足されているのです。

クスノキは朝鮮半島には自生しません。

また、向こうでつくられた仏像が日本に運ばれるときに、綬帯や足の指だけがきれいに失われるというのもおかしな話なのです。

さらに、専門家の分析によって、補充されたクスノキ材を除いた本体部分の幅が、想定される少し曲がったアカマツの材木の幅ときれいに一致することがわかっています。

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本当の姿

そして、注目すべきは下腹のあたりに残っている、漆のなかに抹香(まっこう)などを混ぜた漆木屎(うるしこくそ)です。

つまり、本来この仏像全体には漆の肉盛りがあったのです。

もし漆の肉付けが残っていたとしたら、頬にそえた中指は頬とくっついていたはずです。

だから、この右手の中指は意外に細く、左手の甲は異様にやせて引っ込んでいます。

他にもそういった部分、本来の肉盛りが足りない部分があちこちに見られます。

いま微かに残っている乾漆が本来ならば全身を覆っていて、さらに漆の上からは金箔が貼られていたんですね。

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漆の剥落によって広隆寺の弥勒菩薩はスマートでシャープになってしまった。

いま、私たちが捉えているその姿は、偶然が生んだ骨格がむき出し状態のものを見ている訳です。

これは、あくまで現在見ている国宝指定第一号の弥勒菩薩半跏像であり、これまでに様々な修理がされてきました。

鎌倉時代の初期頃だと、漆木屎の取れてきた部分に粘土のような薄い土で修復されていたようですし、江戸時代には、胡粉を塗りたくって紙張りで包みこみ、上から金箔を押していたようです。

日本の古仏像は、もともと粘土や漆などを上から施すことにより、ちゃんと服装を重ねたような造形に仕上げることを前提に制作されているので、この弥勒菩薩のように木目がむき出しになってしまった状態で、ここまで見応えのある仏像が存在するということは非常に珍しいことだといえるんですね。