斎宮が心身ともに聖女となる場所
天武天皇の時代以降、華やかな宮廷に生まれ育った内親王・女王の中から、伊勢神宮に仕える聖女として斎宮はえらばれました。
国家の祭祀を担当する重責を負いながら、年若く、身清くして単身で伊勢におもむき、天皇の御手代(代理)として、斎宮は神祇(天の神と地の神)に奉仕したのです。
後醍醐天皇のときまでその奉仕は続けられ、2歳から30歳迄までの、74人の方々が選ばれています。
天武天皇の皇女である大来皇女(おおくのひめみこ)が14年とかなり長いほうで、平均では6・7年の期間でした。
斎宮の解任は現天皇の譲位・崩御、あるいは病の場合など厳格に決められていて、本人の意思でやめるということは有り得なかったんですね。
そして、斎宮となった内親王・女王は、えらばれた瞬間からその生活は一変してしまうことになるのです。
まず、人間としてのすべての生活から隔離されるため、住居の四面・門は、賢木に木綿をつけたものが立てられて、俗界から完全に区切られます。
その後、宮中に新しく建てられる初斎殿(しょさいでん)に一年住み、伊勢神宮に向かうまでの間の3年間をこの野宮(ののみや)の地で、禊と神拝の日々をすごします。
自分の意思による生活のない斎宮が心身ともに聖女となる場所。それが、この嵯峨野の竹林に覆われた野宮だったのです。
それは野宮神社の境内だけではなく、この付近一帯に各時代ごとにそれぞれの野宮が存在していました。
黒木の鳥居がある神秘的空間
黒木の鳥居と小柴垣に囲まれた野宮神社は、あの「源氏物語」の舞台としても描写されています。
日常的空間ではなく、黒木の鳥居がある神秘的空間として、野宮の風景は描かれているのです。
その場所で、光源氏と六条御息所は和歌を交わし、たがいの想いを胸に抱きながら別れを遂げました。
光源氏、このとき23歳でした。彼女との別れは、彼を思慮の深さと誠意をそなえた大人の男に成長させました。
年上の御息所は、源氏にはじめて出逢ったとき、いつか傷つく日がくるのを予感していましたが、それを超越した愛情で彼を受けとめていたのです。
暗闇のむこうにある光
そして、ついに娘が斎宮にえらばれたとき、御息所は一緒に伊勢へ下ろうとしていました。
馬を走らせる光源氏は御息所に別れを告げるために、懸命に野宮にむかうのですが、それは物寂しい道中を駆け抜けていきます。
「はるけき野辺を分け入」り走るさなか、遠く目にうつる樹々にうれいはなく、耳にする鳥の声も、まるで生命力を失っているようです。
さらに追い打ちをかけるかのように、薄暗い昼、松風が吹き荒れて、源氏はまるで闇の中を馬で走らせているようでした。
でも、きっといてくれるはず。闇のむこうで待っているにちがいない。悲しみを隠した笑顔で迎えてくれるはずだと、一心に御息所へと向かうのです。
そう、二度と会えない不安を振り払うように、源氏は「神々しう見わたされ」る場所、野宮を目指したのです。