古くから地元の人たちに愛され続ける中華料理店、それは、町中華と呼ばれています。
町に育てられた味が人を呼び、また、お店に反映して、その町独特の味が形作られていく。
通い続けた店がなくなっても、あの味をもう一度食べたいと求める「味覚」は人々の心に残るんですね。
縁あって生まれた自分の町の味の特性を知りたいと、少し思ったりします。
「京都の中華」という言い方をしたとき、それが指すものとはなんでしょうか。
よく言われているのが、花街で育った、ニンニク控えめ、油控えめ、強い香辛料を使わないあっさり中華という特徴です。
それは、お座敷に「キツイ匂い」を持ち込むことを嫌がる祇園などにみられる風習からきています。
また、関西全般に共通していることですが、とくに京都は薄口のおだし文化が強く根付いているという味付けの理由もあります。
でも、それらは「京都中華」のひとつの側面にすぎないんですね。
確かに「美味い」と思わせてくれるお店たちの共通点とは何か。
総合的に捉えて、「どのように今の味に落ち着いたのか」という歴史的見地から紐解いていくと見えてくるものがあります。

京都市を訪れられたときに、美味しい町中華のお店を見つけるコツのようなものがあります。
ひとつの指標と言ってもいいでしょうか。それは、店名に「鳳(ほう)」という文字がついてるお店を探していただくことです。
たとえば、
河原町二条にある「鳳泉(ほうせん)」
堀川北大路 上る「鳳飛(ほうひ)」
伏見は竹田街道沿い、龍谷大学近く「鳳麟(ほうりん)」
そう、これらのお店の味は、その「源流」が同じなんです。
その源流を生み出したのは中国・広東地方出身の高華吉(こうかきち)さんという人で、京都の街に「飛雲」「第一樓」「鳳舞」という名店を作り上げました。
今はなきお店の味は数人のお弟子さんに受け継がれ、「京都中華」の大きな系譜のひとつとなっているんです。
このなかでも特に京都の人たちに知られているのが「鳳舞」という広東料理店なんですね。
そのメニューというのは独特で、手巻き卵皮の春巻き、くわい入りのシュウマイ、自家製の平細麺の汁そば、カラシそば・・。
多くのサラリーマンやオフィスレディが昼休みの時間を目いっぱい使ってタクシーに乗って食べに来るほどだったんです。
ですが、その名店は残念ながら、平成21年(2009)年の8月末に突然、その42年の歴史に幕を下ろしました。

広東料理ベースのその味は「鳳舞系」と呼ばれ、前述した、店名に「鳳」の文字が付いたお店に受け継がれているんです。
特に「鳳泉(ほうせん)」というお店の始まりに関しては、地元の人たちも知っている面白いエピソードがあります。
「鳳舞」の常連客だった能装束制作家の中島康雄さんという人が「鳳舞」の廃業をどうしても受け入れられず、厨房のチーフだった福田さんという人に声をかけ、その味を受け継ぐ店を自ら創業させてしまったんです。
中島さんは「鳳舞」のヤキソバと白ごはんのセットを週に3回食べていて、そのルーティンができなくなるのは考えられへんのや、ということなのでした(笑)
そして、この「鳳泉(ほうせん)」もそうですが、京都の町中華に行列はあまりできません。
他府県の観光客の人たちも京都と中華という組み合わせはなんかピンとこないと思いますし、インバウンド客も町中華には並ばないようです。